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クロイツ王国物語~第4章~

 第四章~婚約者~

 ようやく国に帰ると、ジェイドはケータイを取り出した。久しぶりに電源を入れると、山のようなメールと着信履歴が残っていたが、それは一旦無視して、電話帳を開き病院へと電話をかけた。
 「もしもし、俺だ。今から例の患者を連れて行くから受け入れ準備を進めてくれ」
 と言ったが、電話の主は、
 「…すみません、アオザキ様。何を言っているのか判りません」
 と返してきた。ジェイドは「おかしいな、電波の状況でも悪いのだろうか?」とも思ったが、クロイツ王国ではアンテナの一つも立たなかったというのに、今ではバリ三である。
 「ジェイド様… 病院って…」
 隣に立っていたクゥが不安そうな顔でジェイドの顔を見上げていた。そこで、初めてジェイドは気が付いた。
 「あ、すまない。―――――」
 クゥには最初の「すまない」という言葉だけが聞き取れ、後の会話は知らない言語であった。
 ジェイドは話を終えたのか、ケータイを閉じると「いくぞ」と短く言い歩き出した。
 「ジェイド様、病院って何ですか?」
 歩き始めたジェイドの背中をにらみつけながらクゥは言い、その言葉を受け取ったジェイドは振り返ると、心底バカにしたような笑みを見せて。
 「病院ってのは、病気の人を治すための施設だ」
 と言った。
 「知ってますっ! そんな事を聞いてるんじゃないんです」
 「…じゃあ、クゥはどうしたいんだよ」
 「それは……」
 「当ててやろうか?」
 言葉に詰まるクゥに歩み寄るジェイドは、顎に手を当てながら思案顔になる。
 ジェイドは顎に手をあてたまま、何度かさすり「そうだなぁ…」と呟いた。そして。
 「病院が怖いんだな?」
 「違いますっ!」
 ジェイドが思いついたと言わんばかりに明るく言ったが、クゥはすかさずにツッコミを入れてしまった。
 「…」
 クゥは自分自身、酷く驚いていた。今までは王女らしく振舞ってきていたのに、ジェイドと… 特に国を出た後のジェイドとの会話は、今までの自分では思いつきもしなかったような会話が出来ている。彼女は……
 「さて、と。姫君が怒り出す前に理由を説明しておこうか」
 スッとジェイドの顔から笑みが消えた。冷たい、人としての感情を無くした機械人形のような、冷たい経営者の顔だ。
 「君は不本意だろうけど、君は俺の嫁になる」
 ジェイドの言葉にクゥは、やはり顔を… いや、全身を強張らせる。
 「だが、君は心臓に病を抱えている。改めて言うことでもないけど、君の病気は死に直結するものではないけど、何かの拍子にパッタリいかれると困る」
 暗に、急にそんな事になれば忙しい間に面倒ごとを抱えるのはゴメンだ、とでも言いたそうに思えて、クゥは悲しくなった。
 「まぁ、それ以上にその若さで死んでしまえば、これから待ち受けている楽しい事も知らずにいることになるのは、不幸だしな」
 と、ジェイドは笑った。だが、その笑顔には何処か寂しさを思わせるものがあった。
 「とにかく、クゥ。君は今から病院に行って、診察して、じっくりと病気を癒すといい」
 言うだけ言うと、ジェイドは「わかったな」と言葉を区切ると、先ほどまで見せていたにこやかな顔を見せ、そして歩き出していった。
 クゥは直感的に、これはジェイドの優しさなんだと思った。飛行機に乗っている間も感じたことだが、ジェイドの本当の顔は、多分先ほどのにこやかな顔なんだろう。彼女は少しだけジェイドを理解できて、本当に自分の事を心配してくれているんだな、と思い至り、小走りにジェイドを追いかけて彼の隣まで行った。

 少なくともクロイツ王国では見た事がない、大きな大きな箱。真っ白な外壁に綺麗な中庭。建物の名前が記載されていると思われる看板に、何が書かれているのかはわからないけれど、クゥはここがこれから自分が入院する病院だと悟った。
 ジェイドの後を追って、病院の自動ドアを一緒にくぐると、ジェイドに「少し、ここで待ってろ」と言われ、椅子に腰をかけていた。
 ミナミ総合病院。都市郊外に立てられている総合病院。この病院を設立するにも、やはりアオザキ・コーポレーションが深く関わっているらしく、ジェイドが受付で二、三、受付の看護師に何かを言うと、数分もしないうちに恰幅のいい中年が現れた。
 おそらくは病院の院長なのだろう、何人も医者を連れて歩いている。しかし、ジェイドを前にした途端、頭をぺこぺこと下げ始めた。クゥにはその姿が可笑しく見えていた。クロイツ王国ではあまり見たこともない光景だ。年長者も若輩者も同時に頭をさげている。
 「クゥ」
 二人の様子を見守っていたクゥを呼びつけたジェイド。その声に呼ばれて、クゥはジェイドの元までやってきた。そして、スカートの裾を掴んで優雅に頭を下げた。
 「―――」
 「―――」
 ジェイドと院長が話を始めた。院長は何度もクゥを見ては、大手を広げて高らかに何か言っていた。後ろに控えていた医者達もクゥに視線が釘付けになっていた。
 「クゥ、今から診察して貰うから、行こうか」
 ジェイドはクゥにそう言うと、「はい」と彼女は短く答えた。

 その後では、クゥは様々な体験をした。
 ジェイドを介しての問診、それから聴診器を当てたいと言う医者に従い服を脱ごうとした。が、そこでジェイドの存在に気づいた。
 「…」
 「ん? なんだ」
 クゥはジト目でジェイドをにらみつける。
 「…」
 「…」
 なおもジェイドをにらみつける。その頬は、ほんのり桜色になっている。
 「あー、はいはい。わかりましたよ。俺は席を外すよ。―――」
 沈黙の抗議に音を上げたジェイドは心底残念そうに言うと、そのまま退室した。これは余談になるが、彼女の診察をしていたのは女性だ。
 さておき。
 この後もレントゲンやMRIなとの様々な医療機器でクゥの体を調べた。
 クゥは、今までクロイツ王国にはなかったような、そして思いもつかないような機械やその性能に驚かされるばかりであった。
 ジェイドは表情がくるくる変わるクゥの顔を見ては微笑み、それに気づく度にクゥは頬を膨らませて怒っていたが、それでも次の瞬間には忘れたように目移りしていた。

 「と、いうわけで入院だ」
 「何が、『と言うわけ』なのかはわかりませんけど、わかりました」
 再び戻ってきたのは診察室。検査の結果を聞いたジェイドは、説明が面倒だと言わんばかりに、医者が長々と話していた事を端折り結果だけを伝えた。
 「存外、冷静だな、クゥ」
 「えぇ」
 クゥ自身、入院させられることを覚悟していたので、さほど驚いてはいなかった。
 「そうか… ドクター、彼女を部屋に」
 ジェイドは拍子抜けしたように呟くと、女医に言った。「では、奥様はこちらに」と看護師が言ったが、クゥはきょとんとしていた。
 「あの看護師についていけ」
 ジェイドがかなり適当に翻訳すると、クゥは「わかったわ」と言い看護師に案内されて診察室を後にした。
 「それじゃあ、世話になったな」
 「えぇ、お大事に。奥様をね」
 女医は悪戯っぽく笑って見せたが、ジェイドは「奥様、か」と寂しそうに呟くと部屋を後にした。

 この日から、クゥの闘病生活が始まった。とは言っても、肉体的に苦痛を伴うものではなかった。もしかしたら、入院までしなくても通院していればいいのではないか?と思わせるほど、彼女を制限する項目が少なかった。ただ薬を飲むだけ。別に体調に変化があるわけでもない。
 苦痛と言えば、看護師との言葉が一切通じないのだ。クロイツ語以外にも共通語が喋れるが、どの看護師にも話が通じないのだ。
 出来るだけ毎日、どれだけ空いても三日に一度は見舞いにやってくるジェイドから言わせれば、「この国の共通語なんか、受験に必要なだけの腐ったものだ」と言っていた。
 クゥは英語が通じない以上、そして、これからこの土地で生きていく以上は言葉を覚えなければならないと思い、ジェイドに頼んで参考書を買ってきてもらった。
 「ねぇ、ジェイド様。これは… なに?」
 クゥはこめかみをひくひく、口の端もひくひくさせながら言った。
 「いや、なにって… 参考書」
 ジェイドがニヤつきながらクゥに差し出していたのは、子供向けのデフォルメされた動物が楽しそうにしている表紙の本だった。
 「あれ? 私、ここで怒るところ?」
 「いや、それが馬鹿に出来ないぞ? 騙されたと思って、勉強してみろよ」
 ジェイドはクゥから不穏な雰囲気を読み取り、早口で言うと、言うだけ言ってその場を後にしていた。
 「まったく、もう。私を馬鹿にして……」
 なんて、文句を言いつつも本を開いた…。

 「ごめんなさい。馬鹿に出来ませんでした」
 三日ぶりにジェイドが病院に顔を出すと、クゥは深々と頭を下げていた。
 そう、ジェイドが置いていった本は馬鹿に出来たものではなかった。本を開けば、大きく文字が書かれていて、同時に発音もしてくれた。
 「そうか。そりゃよかった。じゃ、これを渡しても大丈夫かな?」
 言って、ジェイドは鞄から取り出した本。前にジェイドからもらった本よりは幾分マシにはなっているが、それでもやはり子供向けなのは判った。
 だが、前例があるためにクゥは「ありがとうございます」と言うと、本を受け取った。
 いつもなら、ジェイドはすぐに病院を出て行ってしまうのに、今日はベット脇にある丸椅子に腰を下ろした。
 「クゥ、本を貸してみ?」
 「えっ? あ、はい」
 と、ジェイドに言われるままクゥは受け取った本を渡した。
 「違う違う。この間、渡したやつ」
 「えっ? あぁ、はい。これですね?」
 クゥはジェイドにこの間もらった本をジェイドに渡した。
 「それじゃあ、たまには生きた会話術でも勉強しますか」
 「ジェイド様、お仕事は…?」
 「ん? あぁ、段取りだけ済ませて、後は部下に丸投げ。あれで失敗するようなら、全員クビだ」
 などと笑っていた。以前のクゥならば、それを咎めていただろう。人の生活を何だと思っているんだ、人を馬鹿にするのもいい加減にしなさい、と。だが、不思議とクゥは叱れなかった。それはきっと、ジェイドという人間に触れて、彼の人間性を知ったからだ。さっきのジェイドの言葉は、信頼の裏返しなのだ、とクゥは密かに思った。
 「それじゃ、行くぞ! 『あ』」
 「あ」
 ジェイドは本を開き発音する。本に付いている再生機は黙らせてある。部屋に響くのは、ジェイドの声と、後に続くクゥの声だった。
 「い」
 「い」
 クゥはジェイドに続いて言葉を発する。
 「し」
 「し」
 「て」
 「て」
 「る」
 「る」
 ふぅ、とジェイドが一息。そして。
 「あいしてる」
 と言えば、クゥが続いて、
 「あいしてる」
 と言った。
 「あの、ジェイド様。この言葉の意味は…?」
 ジェイドはいやらしく笑うと、「自分で調べな」と言い、辞書をクゥの膝に置いた。
 「それじゃ、俺は行くわ」
 「あ、はい。いってらっしゃい」
 クゥはきょとんとしたまま、思わず「いってらっしゃい」と言っていた。その事にクゥも驚いていたが、それ以上にジェイドが驚き、口をあんぐりと開けたままだった。だが、すぐに口元を正すと、「いってきます」と言って部屋を出て行った。
 数日後、クゥは言葉の意味を知り、顔を真っ赤にして怒っていたが、不思議と嫌な気分ではなかった。

 それから、月日は流れ、そろそろ一年が経とうとしていた。クロイツ王国では感じられなかった暖かな春。クロイツ王国では想像も出来ない暑さの夏。クロイツ王国の短い春と同じ様な秋。クロイツ王国とは比べ物にならないほど暖かな冬。
 季節は廻り、クゥはこの日、退院した。
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