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2009-08-04

悪魔の処刑人6(アオザキ・サーガ第一章)

 Scene1
 「国外へ逃げろと言ったの?」
 アリスは「信じられない」と言った表情を見せた。
 「そうだ。俺は君を失いたくない…… だから」
 シャルは苦悶の表情を浮かべたまま、アリスに答えた。
 「最も安全で、最も危険な場所。俺の隣は、そんな場所だった。けど、こっから先は、ただ危険な場所になってしまうんだ」
 「かまいません!」
 「よくないんだっ!」
 アリスの絶叫に、シャルは間髪いれずに怒鳴り返した。
 「別れは別れだが、また会える。けれど、死別は違うんだ。永遠の別れだ。俺は… 俺は君とは別れたくない!」
 支離滅裂な言葉だ。だが、シャルの想いが届いたのか、アリスは小さく頷いた。

 Scene11
 「あっ、あっ、ああんっ! ひああああっ!!!? ああっ、っあああ……ん!」
 「くっ、はぁ………」
 「あぁっ! あ、あ、あいし、てるぅ! あいしてるぅ!!!」
 「ぐっ、あっ!!」
 「憎い。憎い、殺して… はぁん♪ あ、殺してやりたい。愛してるぅ!!
 「かっ! はぁ…」
 「イくの? イっちゃうの? ワタシもね、イきそうなの!! あはっ! だからね、イかせてあげる… はぁぁぁん!!」
 「ぐ、あ、はぁ…… はぁ、はぁ… かはっ!!」

 Scene3
 公爵家襲撃の翌朝。王都は混乱の極みに達していた。その混乱の真っ只中にいたのは、レオだった。
 彼は公爵家襲撃事件の捜査の為に現場に、兵士を連れてやってきていた。
 生存者はゼロ。家の中の血の海に浮かぶ死体は、美しいまでに切り裂かれているか、残酷なまでに引き裂かれていた。その光景は兵士の士気を下げるのには充分すぎた。
 また、公爵の娘の行方が知れない。幸か不幸か、公爵と夫人の遺体は寝室に放置されていた。だが、娘の姿が見れない所を見ると、誘拐された可能性がある。
 公爵の娘、ニーナと言えば王子との婚約が囁かれている一方で、高慢ちきで我儘放題、おまけに市民のゴロツキを何人も抱え込んでいるという話だ。それゆえに、王子から…というよりも国王から婚約破棄を言い渡されそうな状況だったらしい。
 二―ナは先日、スラムに火を放った。そんな情報が流れている。ニーナは王子の為に、スラムに火を放った。
 彼女が飼っている男たちは、二―ナに飽き足らず、金髪の美女を誘拐した。
 断片的な情報がレオの中に蓄積していく。デタラメにルービックキューブを回していたら、6面全てが統一された感じがした時、レオは駆け出していた!
 「あのバカっ!!」
 「あ、クローム殿!?」
 レオの耳には兵士の言葉など届かなかった。ただ友の暴走を止めるために駆け出していた。
 
 「おい、どうしたんだ?」
 レオが駆け出して行った事に疑問を持った、他の兵士がレオを止めようとした兵士に声をかけた。
 「いや、それが… あのボンクラ貴族が急に走り出して」
 「んだよ… 職務放棄か? これだから、貴族のボンボンは……」
 二人してレオの悪口を言い、嗤った。
 だが、次の瞬間、そんな笑い声をかき消すような地響きが聞こえてきた。
 「な、なんだ!?」
 狼狽する兵士の耳に届いたのは、「て、敵衆だぁ!! 敵は… スラム街の連中だ!!」という声。
 「な、なに!? ど、どうすれば!?」
 指揮官であるレオがいなくなった兵士達はもはや烏合の衆。ただの調査の為に駆り出された兵士の練度は低く…
 
 反乱軍に包囲され、捕まってしまった。

 Scene4
 「し、神父さま!! どうか、お助けください!! スラムのクズどもが、いままで生かしておいた恩を忘れて反旗を翻したのです!!」
 市街。反乱軍による武力制圧の最中、リーガルに助けを求める主婦がいた。
 「ほぉ… 生かしておいた。随分と大層だな」
 「し、神父さま……?」
 「……」
 「わ、私は日曜日にはミサに出かけ、お祈りをしている、熱心なキリスト教徒でございます! ですから、どうか、スラムのクズどもから、お助けください!」
 「俺はなぁ… イエス様なんざ信じてねぇよ。俺が信じているのは、俺自身だけだ! THE・俺教。そして、俺教の名の下に、お前は死刑だっ!!」
 リーガルはナックルダスターで主婦の顔を原型がなくなる程、殴りつけた。そして、興味を無くしたように、主婦だったものを投げ捨てると配下の者に向かって吠えた。
 「いいかぁ!! 可愛いねーちゃんと子供は殺すなよ! あと、純粋に命乞いをする者は助けてやれ! 反抗する者、スラムの人々をバカにする連中は殺してよしっ!!」
 THE・俺教……後のリーガル教の教えの中に「右の頬をぶたれたら、左の頬をぶっつぶせ!」と記載されることになる。

 Scene5
 反乱軍が市街や貴族邸を制圧している間、シャルとメグは先行して城内へ潜入していた。
 城内への侵入は容易であった。内通者から得ていた隠し通路から簡単に侵入し、今は玉座の真下に身を潜めていた。
 そして、部屋の中から人の気配が少なくなるのを待っていた。
 ただ静かに、その時を待っていた。
 「ここの警備はよいっ! 早く城下に降りて反乱軍を押さえるのだっ!!!」
 国王の怒声に慌てた大臣や兵士たちは、たちまち謁見の間からいなくなってしまった。
 「……ふぅ。アオザキ殿。もうよいぞ」
 謁見の間から誰もいなくなった事を確認して、国王は立ち上がり玉座をずらした。
 「よぉ、名演技だな。クライアント」
 玉座の下にある階段から姿を現したのはシャルとメグだった。
 元々は国王の緊急避難用の隠し通路で、この隠し通路は港まで繋がっている。今回のような緊急時に国王を国外へ退避させるための通路なのだが…
 「ははは。いささか計画が前倒しになって、私も困っておるよ。まったく、ソシノオの娘め。忌々しい」
 「さて、と。このままバルコニーへ行こうか。アンタの言葉で兵士共は止まるだろうよ」
 「いやはや、気が早いな。とはいえ、そうだな。これ以上、無駄な血を流さぬ為にも――――」
 
 Scene6
 「そうはさせないぜ。シャル」
 「…レオ」
 国王を連れて謁見の間を出ようとしたシャルの前に立ちはだかったのは、親友のレオだった。
 「どうしてだ…? どうして、こんな事をした…?」
 
 Scene???
 被差別民解放同盟の設立者は俺の爺さんだった。
 異国の地で生きながらえた爺さんが感じたのは差別の深刻さだった。
 もちろん、日本にも差別はあった。けれど、爺さんは武士の出で、決して差別される人間ではなかった。差別する側の人間だった。
 けれど、初めて差別される側になって知ったんだ。出自で差別される道理はない、と。
 だから、爺さんはスラムの連中を集めて、被差別民解放同盟を結成した。
 強力な支持力の下で、スラムでの治安は安定した。今までのスラムは簒奪や強姦は当たり前だったのが、いまでは力を合わせて生活出来る程になった。
 それもこれも、爺さんが圧倒的な武力と、処刑の際に得た金品を使ってスラムの生活水準を上げて行ったからだ。
 けれど、そんな程度では改善されるわけがない。
 差別をなくす事も、日本の土を踏む事もなく、爺さんは地獄へ落ちたさ。
 その意志を継いだのが、親父だ。
 そんな親父の下に現れたのは、この国王だったよ。
 国王は今の国の状況をうれいた。
 貴族は誇りを忘れ、ただ市民から搾取し、被差別民から奴隷を集めた。市民は貴族の暴虐を受け、その鬱憤を被差別民へ向けたさ。
 ストレスの最終はけ口である俺達はどうしたらいい? 何処に向かってストレスを吐き出せばいい?
 そんな事をしている間に、貴族は市民を。市民は被差別民を……
 国政は荒れる一方だ。貴族は努力することさえも忘れ、惰性で役職に就き、国政はますます悪化した。
 だから、国王は今ある貴族制を廃止し、有能な者を徴用できるように努力した。
 けれど、私腹を肥やした貴族は、もはや国王の握る手綱を振り切った。
 だから国王は被差別民解放同盟に―――親父に接触してきたんだ。
 そうして、国家転覆を謀る計画を持ち掛けてきた。
 処刑人と言う立場を生かして、貴族を次々と合法的に殺して回った。
 同時に資金も溜めてきた。
 そうして、被差別民解放同盟は『片翼の天使』と名を変え、俺の代に回ってきた。

 Scene2
 船は出港した。新しい命を宿した彼女を乗せて……
 ふっと振り返ると、遠くから人々の悲鳴が聞こえる。
 彼女は、その悲鳴から耳をふさぎ蹲った。
 そうして、いつしか眠ってしまった。
 しばらくして、彼女はふっと目が覚めた。酷く嫌な予感がしたのだ。
 震えが止まらない。
 2度と彼に会えない事を直感的に知った彼女は、さめざめと泣いた。

 Scene7
 「本来なら、武装蜂起はもっと後だったんだけどな。貴族は調子に乗りすぎた。調子に乗ってアリスに手を出しやがった。トリガーを引いたのは、お前ら貴族だ」
 シャルは憎憎しげに言った。
 「そ、そんな……」
 「どけよ、レオ。俺は親友を斬る趣味はねぇぞ」
 「……ダメだ。ダメだ、シャル。そんな事をしたら、お前は本当に悪魔に――――」
 「これ以上、仲間も兵士も市民も貴族も殺したら、悪魔になっちまうってか?」
 シャルは鼻で笑った。
 「元より! 俺は悪魔の処刑人だ。今さら何だよ、レオ」
 何処か、さびしそうに答えた。
 
 気付けば、シャルの後ろには10数人の兵士が控えていた。
 「メグ。雑魚を蹴散らせ」
 コクリ。
 ハルバードを構えたメグは兵士たちに飛びかかった。

 シャルの剣は元々は無抵抗な人間の首を斬る為に特化している。
 だが、ある程度の戦闘もこなせるのは事実。しかし、10数人を相手にして戦うだけの技量はない。言わば、対人用の剣だ。
 でも、メグの場合は違う。彼女に技術はない。ただハルバードを振り回しているだけだ。
 人間の脳は身体を守る為に力をセーブしている。だが、メグの場合は精神を殺された際にセーブ機構も壊れてしまい、上限を超えた能力を発揮する事が出来る。
 その為に与えたハルバードだ。長く重いハルバートだけあって、扱える人間は限られている。だが、メグならば。
 彼女なら力のセーブを受けずに軽々と扱える。それは圧倒的な暴力。対戦用の武器だ。

 メグが一人、また一人と兵士を斬り裂いて行く。
 レオは目を伏せたまま、剣を引き抜いた。
 「シャル…… お前や陛下の言いたい事も解る。けど、やっぱり、こんなやり方は間違っているんだ。だから、俺はお前を全力で止める!!」
 シャルはレオが剣を引き抜いた事に、悲しそうな顔を浮かべた。だが、決してレオは自分の身が可愛くて剣を抜いたのではない事を悟ると、応えるように刀を抜いた。
 「レオ… お前とは戦いたくなかった」
 一瞬の静寂。メグと兵士の剣戟は聞こえない。世界は今、シャルとレオだけになった。
 刹那、駆け出した二人。シャルの残像が残るほどの剣をレオはその細剣で受け止めずに受け流した。
 バランスを崩した一瞬を突いたレオだが、地面を蹴りシャルは突きをはじいた。
 一閃、また一閃。目にもとまらぬ剣戟乱舞の末に、二人は間を空けた。
 「はぁはぁはぁ…… やっぱり、シャルは強いっ!」
 「なにを… はぁはぁはぁ… 正直、侮っていた。レオ… やっぱり、お前は貴族なんだな」
 短い会話。だが、次の瞬間、二人の剣は錯交したっ!
 シャルの剣を払い、レオの突きを受け、二人は踊る。命をかけて踊る!!
 「!?」
 だが、通常の剣よりも刀身が大きいシャルの疲労は大きく、足の踏ん張りが効かなかった!
 その刹那の瞬間、レオの突きがシャルの顔面を強襲する!!
 しかし、レオの突きは、左目脇を通過して眼帯を持ち去るにとどまった。
 「あっぶねぇ…!!」
 驚きに目を見開いたシャル。その顔を見たレオは驚愕の声を挙げずにはいられなかった。
 「な、んだよ。その目……」
 レオはずっと気になっていた。シャルが左目につけていた眼帯が。そして、その眼帯の下から現れたのは、金色の眼だった。
 「これか? 魔法の代償だ!!」
 刹那、シャルの左目が妖しく輝いた。
 「なっ! がはっ!!」
 その時、レオは自分の身体が何かに抑えつけられるような感覚に襲われ、床に叩きつけられた。
 「…これが魔法か。アイザック・ニュートンが発見した万有引力をコントロールする力、か……」
 「ま、ほう…だと?」
 「…悪いなレオ。俺は親友を斬りたくないんだ。だから、寝てろっ!」
 一層重力を増しレオは耐えきれずに泡を吹いて気絶してしまった。
 同時にメグも兵士のほとんどを倒してしまった所だ。さすがに上等な装備をしているだけあって、数人は息を残している。
 トドメを指そうとしたメグだったが、シャルは彼女を制止した。
 「やめておけ。無駄な殺生はさ」
 コクリ。

 Scene8
 1789年7月14日、シャルル・ジェイダー・アオザキの率いる『片翼の天使』と名乗る反乱軍は、国家を倒し、新体制を宣言した。

 Scene9
 混乱も落ち着き、城下町はいつもよりも人が少なくなっていた。
 家族を殺され恨みを抱く市民や兵士もいるが、今、この国の支配者は民主制を取っているとはいえ、元被差別民だ。反抗すれば殺されてしまうだろう。
 そう、今、処刑場で公開処刑されている貴族のようにだ。
 処刑場は異様な熱気が包んでいた。
 やり方は乱暴であったが、貴族からの圧政から逃れた市民は歓喜に満ちている。圧政を強いた貴族が目の前で殺されるのだ。それもシャルの手ではなく、市民の手によって。
 これもシャルの指示だった。
 下手にストレスを溜めるよりも、恨みの対象を貴族にすげ替え、その貴族を斬る機会を与えられれば、市民のストレスも解消されるだろう。
 なんとも悪魔的な方法だ。
 一人、また一人、貴族が泣き叫びながら死んでいく。
 その様子を城から眺めていたのはシャルだった。
 
 Scene10
 果たしてこれでよかったのだろうか?
 シャルの行った事は、決して許されない事だ。
 けれど、これで救われる人間がいるのだから、いいのかもしれないな。
 公開処刑ショーを見下ろしながら、シャルは思考にふけっていた。
 その時、ドンッと背中に強い衝撃を受けた。だが、それ以上にわき腹が燃えるように痛んだ。
 「は、ははっ! ロクな死に方をしないとは思っていたが…… どうしてだ、マーガレット……」
 果物ナイフを持ったメグがシャルの脇腹に深々とナイフを突き立てていた。
 「その名で呼ばないでっ!」
 「………」
 メグはヒステリックに叫んだ。
 「私は… 私はフローラよ!」
 「………」
 メグ……いや、フローラはナイフを引き抜くとシャルを床へと押し倒した。
 「私のお父さんは、あなたに殺されたっ!」
 「…なに?」
 フローラはシャルの上に馬乗りになった。そして―――
 「お父さんは『片翼の天使』のメンバーだった! 指令を受けて貴族を殺したっ! そして、捕まったのよ!!」
 フローラの拳がシャルの右ほおを捉えた。
 「貴方がお父さんを助けてくれると思ったのに! なのに、貴方はお父さんを助けるどころか、レオナルド様にお父さんの首を斬らせた! お父さんが苦しんでいる姿を無視したっ!!」
 何度もフローラの拳がシャルの顔面を捉えた。
 「だから、私は貴方を許さない!! だけど……」
 不意にフローラの拳が止まった。
 「マーガレットは貴方を愛してしまった………」
 そして、服を脱いだ。
 小ぶりなバストをさらけ出し、ショーツをずらして、シャルのモノを自身の性器にあてがった。

 Scene11
 「あっ、あっ、ああんっ! ひああああっ!!!? ああっ、っあああ……ん!」
 いわゆる騎乗位というものだ。フローラは上下に動き、シャルを刺激する。
 「くっ、はぁ………」
 快感がシャルを襲うが、しかしそれどころではなかった。
 「あぁっ! あ、あ、あいし、てるぅ! あいしてるぅ!!!」
 「ぐっ、あっ!!」
 フローラの白く細い指がシャルの首を締めている。
 「憎い。憎い、殺して… はぁん♪ あ、殺してやりたい。愛してるぅ!!
 「かっ! はぁ…」
 「イくの? イっちゃうの? ワタシもね、イきそうなの!! あはっ! だからね、イかせてあげる… はぁぁぁん!!」
 「ぐ、あ、はぁ…… はぁ、はぁ… かはっ!!」
 「あ、あ、あ、ああああああああああああああ」
 「…………………」
 シャルは白濁をフローラの中に撒き散らすと同時に―――――

 絶命した。

 Scene12
 私が覚醒したのは、シャルが『片翼の天使』のリーダーだと知った瞬間だった。
 初めて彼に会った牢屋の時のように感情が爆発しそうになった。
 けれど、牢屋で受けた彼からの辱めは、私の知るものではなかった。
 だが、彼は決して自分の欲望を処理する事はなく、終始一貫して道具などを徹底した。
 消えゆく自分は、いつしか彼に愛されたいと願ってしまったのだ。
 殺したいという怒りと、愛されたいと言う愛情が自分の中で渦巻いた。
 だから、暴走する事はなかった。けれど、メグは喋れないと言うのに、彼の「行くぞ」という言葉に「はいっ」と答えてしまった時は焦った。
 賢明な彼はメグの異変に気付いただろう。けれど、彼はそれを無視した。
 メグである私は彼の優しさに一層深い愛情を抱き、フローラである私は彼の余裕に一層深い憎しみを覚えてしまった。
 あぁ… 殺してやりたい程愛おしい………
 
 Eepilogue~国王~
 勝利宣言の後に彼は解放された。
 ほとぼりが冷めたら、顔の造形でも変えてから役人になるための試験を受ければいい。
 シャルはそう言ったのだ。
 王族用の通路を使い城外へ逃げた国王は、船には乗らずに何処かへと姿を消してしまった。

 Epilogue~アリス~
 彼女が降り立ったのは、シャルとアリスの祖父の故郷、日本だった。
 元々、日本人のような顔立ちと漆黒の髪が幸いして、村人に保護された。
 そしてシャルとの間に授かった新たな命を生み落とし涙した。その子の左目が、シャルが自分の命を助けてくれた時と同様に金色であった事が、シャルとの子供である証明に思え、2度涙した。
 子持ちのアリスは、村に住む青年と恋に落ち、その青年との子供も設ける事になった。
 決してシャルを忘れたわけではない。酷い裏切りだと後ろ指を指されるかもしれない。けど、シャルはきっと自分の幸せを願ってくれると信じて、今日も夫の帰りを待っていた。

 Epilogue~レオナルド~
 気がつくと船の上に居た。
 確かシャルの魔法で気を失ったと思うのだが……
 そんな彼の元に一人の船員がやってきて、彼に手紙と剣を渡した。

 親愛なるレオナルド・クロームへ
 このたび、貴殿には特殊な任務についてもらう事になった。
 これは貴殿にしかできない特殊な任務だ。うれしいだろ? 貴族的に
 この船はアイスランドと呼ばれる国へ向かっている。
 その国は発展が乏しく、また船での出入りも難しいとされている国だ。
 それゆえに他国からの干渉も少ないであろう。
 貴殿の任務は、アイスランドにて王国を建設してほしい。
 そして、貴殿の作る国を見せて欲しい。
 俺の目指した国と、レオが目指した国。
 どちらが正しいのか、証明してくれ

 フランス初代大統領シャルル・ジェイダー・アオザキ

 追伸―
 その刀は俺とお前の友情の証として送ろう。
 万が一、俺がお前の国に行った時に、お前が更けすぎていて誰だか解らなくなっていたら困るからな

 「あの、バカやろう……」
 レオは手紙を握りしめて、涙した。
 色々腑に落ちない。落ちないけれど、どうでもよかった。
 「ちくしょう! やってやるさ!! 国王的にな!!」

 後にアイスランドは名を変えて、クロイツ王国と名乗るようになる。
 その初代国王の名は、レオナルド・クロム・クロイツ。

 Epilogue~フローラ~
 これも死姦というのだろうか? 既に動かなくなったシャルで、何度もオーガニズムを繰り返した。
 けれども、シャルが白濁を出す事はなく、彼の死を知った彼女は衣服を正すと部屋を後にした。
 そうして、フローラは誰に気づかれる事もなく国外へ姿を消した。
 そして、メグは左目が金色に光る子供を産み落とした。

 Epilogue
 世界は改変された!
 正史のフランス革命とは違う歴史を辿る事になった!!
 50年前に船を沈めて、Aの因子をこの地に落として正解だった!!
 世界は変わる!! 歴史も! 技術も!!
 ラグナログは我の勝利だっ!!
 
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2009-08-02

悪魔の処刑人5(アオザキ・サーガ第一章)

 「アリス!! マーガレット!!」
 「シャル! 落ち着け! 落ち着くんだシャル!」 
 「うるさい! 離せ、レオ! 離せよっ!」
 燃え盛るスラム街。シャルは今までに見せたことのないぐらい焦った表情を浮かべ、炎に向かって叫び続けていた。見ていて痛々しい程の悲痛な叫び。今にも炎の中に飛び込みそうなのを、レオは必死になって止めていた。何度も顔を殴られたが、それでもレオは彼を止めた。

 レオの顔はすっかり腫れ上がり、誰だか解らなくなった頃、ようやく火事は沈静化した。
 シャルはぐったりと項垂れて意気消沈していたが、だが怪我人は山のようにいる。きっと普通の医者など派遣されないだろう。
 シャルは酷い喪失感を持ちながらも、手早く怪我人の治療に回った。
 「酷いな… メグ、アルコールを」
 コクリ。
 「ありがとー…よ?」
 無意識に呼び掛けたはずなのに、行方不明のメグは、いつものように彼の傍らに立ち、忠実に職務を果たしていた。
 「メグ! 無事だったか!」
 シャルは受け取ったアルコールをぶちまけ、相変わらず無表情で立つ少女を抱きしめ涙を流した。最初こそはキョトンとしていたメグだったが、ふっと優しい表情を見せて、嗚咽を溢す彼の背を優しく撫でてやった。

 大方の処置が終わったのは、夜明け頃だった。
 レオは事件の事で上司に呼ばれて、職場に戻った。一応、アリスの作った薬を塗っておいたから二日もあれば、顔は元に戻るだろう。
 メグも流石に疲れたのだろう。特に後半は人手が少なくて、軽度の者はメグに任せていた。処置は簡単だが、数が多いのだ。今は疲れきって眠っている。
 そして、シャルは焼け野原を歩き、最愛の妻のアリスをさがした。だが、こんな所にいるハズがない。いちゃいけない。不安に心を押し潰されそうになる。けれど、潰されないように懸命に彼女を探した。
 そして…
 「アリス!」
 見つけた。裸に剥かれ、男の欲望を浴びて白く、そして自分の首を切り裂いたのだろう鮮血が紅い。
 「アリス! しっかりしろ、アリス!?」
 夜明けの路地裏でぴゅーぴゅーと空気が漏れる音が聞こえる。腕に抱いたアリスは、もう虫の息だ。アリスは何かを伝えようとする。
 「喋るなアリス。もういい。もういいから」
 ーーごめんなさい
 アリスの唇が動いた。確かにそう言っている。
 「アリス! アリス!!!」
 アリスの体から力が抜けていく。シャルは必死になって彼女の名前を叫んだ。
 
 ―――その女を助けたいか、悪魔の処刑人

 不意に耳に届いた言葉。ハッとしたシャルが振り返ると、そこには壮年の男が立っていた。
 「サンゼルマン……!」
 その男、オレアンの家で執事をしていた無表情で無感情の男だった。
 「悪魔の処刑人。その女を助けたいか?」
 再び事務的に繰り返した。
 シャルはその問いに…
 「お願いだ… アリスを助けてくれ……」
 涙を流して懇願した。
 「金でもなんでも差し出そう。だから…」
 その懇願はサンゼルマンに届いた。
 「了承した」
 どこか満足げに頷いたサンゼルマンは、ふっと彼女の傷口に手をかざした。
 そして彼の手のひらから柔らかく暖かな光が発せられ―――傷口は塞がった。
 「アリス…?」
 気が付くと腕の中にいたアリスから急速に失われていた体温が戻り、彼女は微かな寝息を立てていた。
 「よかった… 本当によかった」
 アリスを抱いてボロボロと涙を流すシャル。
 「では、悪魔よ。対価を支払ってもらおう」
 そんなシャルの左目にてのひらをかざしたサンゼルマン。刹那、シャルは左目に強烈な痛みを覚え、仰け反り倒れた。
 「がぁぁぁぁぁぁぁ!?」
 地面でのたうち回るシャルを見下ろしたサンゼルマン。
 「それは刻印。魔法使いと契約した者に与えられる刻印。契約が履行されるまで、子々孫々に伝わる刻印だ」
 「くぅ、はぁ……っ! 契約、だと?」
 「そうだ。貴殿に課せられた契約は私を『殺す』事だ」
 「がぁぁぁぁぁ!? 眼が焼ける…っ!!」
 「悠久の時を生きてきた私は死ねない。ゆえに貴殿に殺してもらえればいい」
 血涙を流して、絶え間なく眼を焦がすほどの痛みにシャルは意識を失いかけていた。
 「……これはサービスだ。女を犯したのは、町の若者で先日貴殿が倒した連中だ。そして、連中の飼い主はソシノオ公の娘で名をニーナといったかな。連中がスラムに火を放った…… ふぅ、喋りすぎたな。処刑人は眠ってしまったか……」
 気を失ってしまったシャルと小さく寝息を立てているアリスを置いて、サンゼルマンは姿を消してしまった。
 再び彼らが彼に会うことはなかった。

 姿を眩ませたシャルを心配したメグや彼を慕う人達によって、路地裏で血涙を流して倒れているシャルと裸で眠るアリスは、無事に保護された。
 
 「犯人がわかった」
 いつもの黒いコートではない。いつもよりも数段上等に見える黒い布地に金糸を使って彩られたコートを来たシャルは、膝に肘をつきながら言った。その左目には眼帯がされているが、右目から発せられる殺気に集まった人々は今にも気を失いそうだ。
 「みんな。よく頑張った。頃合いだろう。連中はやってはいけない事をやってしまった」
 シャルは怒鳴り散らさない。深く静かに怒っているのだ。それだけに肝が冷える思いだ。
 「俺たちの住みかを焼き、家族を友を恋人を焼かれ、アリスにまで手を出した」
 最後のは確実に私怨だったが、誰一人として口を開けなかった。それは、シャルが怖い訳じゃない。どうしようもない怒りと、抑えきれない悲願への思いが、腹の中で渦巻き暴発しそうだ。
 「総員、武装せよ! 『片翼の天使』筆頭、シャルル=ジェイダー・アオザキの名の元に、国家へ…いや、我々を見下したクズどもに!」
 シャルはグッと拳を握り立ち上がる。
 「生まれてきた事を後悔させてやる! 『ラグナログ』の発動は明朝!! 自由を我が手に!!」
 拳を振り上げたシャルに呼応して、集まった民衆は咆哮を上げた。

 「アンタが『片翼の天使』の筆頭だったとはな、アオザキ」
 民衆が出て行き、取り残されたシャルとメグ。彼らの前に現れたのは―――
 「リーガル… 何の用事だ?」
 司祭レイク・リーガル。教会関係者だというのに筋骨隆々の青年だ。
 「何の用事、とは手ひどいな。俺も『片翼の天使』の構成員の一人だからさ。一度、こんなバカげた事を考えたヤツの顔を拝みにきたのさ」
 「意外だな。どうこう言ってもお前は貴族側の人間だと思っていた」
 「だろうね。けど、俺は今の教会も貴族も嫌いでな。機会があればぶっ壊してやろうと考えていた。これが俺の伝説の最終章だ」
 そう言って、リーガルはシャルの前に跪いた。
 「レイク・リーガルを筆頭にした反教会軍を貴殿の『片翼の天使』の末席に並べて戴けませんでしょうか?」
 リーガルの後ろから、ぞろぞろと教徒や神父、シスターが入ってきては彼同様にシャルの前に跪いた。
 「……わかった。頼むぞ、レイク」
 「はっ!」
 シャルは即決した。今はただ力が欲しい。その為なら、腹の中に何かを飼っているような連中さえも取り込む。その豪気さにリーガル…レイクは正直に驚いた。
 「メグ。行くぞ」
 「あ、はいっ!」
 返事を聞いたシャルは彼らを背に部屋から出て行った。
 
 本格的な武装蜂起は明朝。だが、深夜のうちにケリをつけないとならない相手がいる。
 断罪刀アオザキを抜き身にしたシャルと、特製のハルバードを携えたメグ。彼らはソシノオ公邸へやってきていた。
 門扉の前には二人の衛兵が立っていたが、彼は意に介さず歩を進めた。だが、当然のように衛兵に止められてしまったが、彼は嗤っていた。
 「よぉ、断罪しに来たぜ?」
 刹那、甲冑を身にまとっていたハズの衛兵の首が綺麗に斬りおとされた。悲鳴をあげる間もなく彼らは絶命した。
 「………」
 シャルはゆっくりと歩を進め、門扉を開き――ソシノオ公邸にドアを蹴破り侵入した。
 「討ち入りだぁ!! ニーナぁぁぁぁ!! てめぇを殺しに来たぞぉぉぉぉぉぉ!!!」
 深夜に邸宅に響き渡るシャルの怒声に、慌てた様子で兵士たちがわらわらと飛び出してきた。
 だが、今のシャルに有象無象など…!!
 次々に絶命していく兵士たち。我が道を阻む者は全て殺す! 彼の歩みは止まらない!!
 「このやろおぉぉぉぉ!!!」
 シャルの左側、剣を持った若い兵士が死に物狂いで突進してきた。いきなりの襲撃、次々にわけもわからぬ内に殺されていく同僚達。これほど理不尽な事はない。怒りに任せた勢いは、眼帯をしたシャルの反応よりも早く…ッ!
 「ぎゃあああああああああ!?」
 しかし、剣はシャルを捉える事はなかった。彼の三歩後ろを歩いていたメグのハルバードが、若い兵士の甲冑もろとも頭を粉砕した。
 「助かった、メグ」
 コクコク。
 彼らは二―ナを探して邸宅内を歩いた。
 
 人間は自身の身体に負荷がかかる為に無意識下で力をセーブしている。
 だが、メグはそのセーブのタカが外れてしまっているのだ。
 シャルがメグと初めて出会った時の薬漬けの時に記憶を無くし、精神を殺され、無表情になった時。同時に彼女は力のセーフティーが壊れてしまった。
 それゆえに純粋な力だけなら、『片翼の天使』の中では群を抜いている。
 シャルがそれに気づいたのは、家の床が異常なまでに綺麗になっていた時だ。あれは磨いたというよりも削り落した状態に似ていた。
 故に彼がメグに与えたのは、槍ほど長い柄を持つ斧・ハルバード。圧倒的な暴力(チカラ)の前に小賢しい知恵(ワザ)など意味はない!

 そうしている間にも兵士は全滅。生存者はゼロ。
 ぎゃーぎゃーと騒ぐソシノオ公と夫人は黙らせた。
 残るはニーナだけだ。
 「見つけたぜぇ? ニーナぁ…」
 最後の一部屋。その中ではベットの中で震える二ーナと、先ほどまで彼女と戯れていたであろう裸の男が二人。
 「アリスを犯したソイツで二―ナと遊んでたんだな? チンピラが!」
 裸の男はシャルに半殺しにされ、サンゼルマンによればアリスをめちゃくちゃにした男達。
 「メグ。絶対に逃がすな。絶対に殺すな。わかるか?」
 こくり。
 「そうだ。女は薬漬けにして、同胞の慰みモノにしてやる。男は――泣いて「殺してください」と懇願するほど、壊してやる!」
 
 その夜、一夜にして公爵家が落とされた。襲撃者はたった二人。
 この事実は政府を揺るがすには充分な程の陽動になり、市民は不安に駆られる事だろう。

 翌朝の混乱は壮絶であった。
 そんな混乱の中で、焼け野原に集まった『片翼の天使』軍はシャルの号令を待っていた。
 戦闘準備は万端だ。いつでも出撃できる!
 「辛く長い時間をよく耐えた。だが、それも今日までだっ!」
 彼らの前に立つシャルは刀を地面に突き刺し激励する。
 「生まれで我らを見下し、不当な扱いをしてきた貴族や市民に今こそ鉄槌を!!」
 シャルの言葉に彼らは咆哮する。
 「正しき怒りを胸に、我らは正義の剣を取る!! 『ラグナログ』を開始する。全軍……… 突貫ッ!!!!!」
 彼らの咆哮は大気を振わせ、足音は大地を揺るがした。
2009-07-31

悪魔の処刑人4(アオザキ・サーガ第一章)

 SCENE???
 「この国は変わるべきなんだ。貴族も民も被差別民も皆が平等に生活できるようにならねばならない!」
 城下の小さな居酒屋で熱弁を振う男がいた。
 店は今日も賑わっている。貴族も民も被差別民も、誰もが楽しそうに大騒ぎをしている。
 「だが、俺一人の力ではどうにもならない。故に… 手伝ってはくれぬか?」
 熱弁をふるっていた男は、熱い眼差しと共に手を差し出してきた。
 「ふっ…… 一人では飛べない平等を願う天使。なるほど。ならば――――」
 退屈そうにしていた男が立ちあがると、先ほどまでの賑わいは水を打ったような静けさに変わった。
 「我らは、反政府同盟は、名を『片翼の天使』と変えて戦おう!!」
 退屈そうにしていた男は、熱弁を振っていた男の手をガッチリと握った。
 それを見ていた周りの客は立ち上がり、「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」と雄たけびを上げた。

 SCENE5
「おう! 邪魔するぜ、アオザキ!!」
 今日も今日とて、昼間から家に引きこもって書物を読みあさるシャルは紅茶を片手にふんぞり返っていた。
 「……リーガル。頼むから静かに扉を開け閉めしてくれないか? 家が壊れる」
 突然の司祭の来訪にも別段動じないシャルは、いつもレオに言うような言い方で言った。
 「ハッハッハ! 俺に意見するとは!! 気に入った、俺の伝説に加えてやるぜ!!」
 いやな伝説だな。
 「で、今日は―――――」
 シャルが言いかけた瞬間!
 「シャル! 結婚したって本当か!?」
 部屋に転がり込んできたのは、レオだった。
 「………」
 「………」
 「えっ? なに、俺、タイミング的にまずかった? 貴族、空気読めない?」
 シャルとリーガルの二人から非難がましい視線を送られて、さすがのレオも気圧されてしまう。
 「…アオザキ、お前、結婚したのか?」
 だが、レオの言葉はリーガルの興味を引くのには充分だったらしい。
 「あぁ、まぁな」
 「そうか。で、仕事の話なんだが―――」
 「話、終わり!? ねぇ、もっと聞こうよ! 貴族的に超気になる。もう、夜しか寝られない!?」
 夜寝れば充分だ。

 SCENE1
 「あっちに行ったぞ! 追え、追えぇぇぇぇ!!」
 キリスト教徒が死霊使いを追って昼間の街を駆け回っていた。
 「はぁはぁはぁはぁ………」
 そんなキリスト教徒の追撃をかわし、物陰に身を潜めている男が居た。
 「お前が死霊使いだな?」
 「!?」
 不意に後ろから声をかけられた死霊使いの男は息を呑み振り返った。
 「案ずるな。私は敵ではない」
 死霊使いの男に声をかけたのは、痩身の中年の男だった。
 「お前に仕事を依頼したい」
 痩身の男の言葉に、死霊使いの男は熟考。そして、コクリと頷いた。

 痩身の男の名前は、オレアン侯爵。かつては戦場を駆け抜けた騎士であった。
 だが、そんな彼は10年前に突如戦場から身を引いて、それ以降に姿を見た人間は数える程であった。
 彼が身を引いた理由は一つ。最愛の妻のシャルロットを亡くしてしまったからだ。彼には子供もおらず、唯一愛した女性を亡くした事により、全てを失ってしまった。

 死霊使いの男の名前は、レイ。その名の通り、死体を操る事が出来ると言われている。
 しかし、それは語弊である。彼の職業は人形師である。彼の作る人形は、人間の存在を冒涜するほどの美しさと寸分違わぬ精巧さを誇っていた。
 それもそのハズだ。人形に使われる素材の殆どが死体から剥いだものであるからだ。
 だが、それは人間の死を冒涜する行為。キリスト教に追われてもおかしくはなかった。

 SCENE6
 「死霊使い(ネクロマンサー)?」
 リーガルの口から出てきたのは、この単語だった。
 「あぁ、文字通り死人を生き返らせる魔法使いらしい。俺達は、ヤツを追っている」
 キリスト教徒は、イエス・キリストの復活を願っている。あるいは信じている。
 「ふぅん。それで、お前はどっちだよ?」
 レオはシャルの『どっち』という言葉の意味する所がわからなかった。しかし、リーガルは理解したのか困ったように笑った。
 「手厳しいねぇ。そうだな、俺は復活云々よりも魔法使いを狩るつもりだ」
 つまりだ。死霊使いによって、キリストを復活させるのか、あるいは魔法使いを捕まえて浄化するのかだ。そして、リーガルは魔法使いを狩ると言った。
 「なるほど。それじゃあ、俺は死霊使いをとっ捕まえればいいんだな?」
 「話が早くて助かる」
 「その代わり――――」
 「わかってるさ。そこの物陰から見ている、お前の妻に関しては見逃してやる」
 シャルの言葉を遮り、リーガルは物陰からこっそり覗いているアリスに視線を向けながら言った。
 「聖職者のやることとは到底思えないな、リーガル」
 「言うなよ、アオザキ。これでも俺は罪深い男だぜ?」
 
 SCENE2
 オレアン候邸宅に招かれたレイは、通された食堂の広さと目の前の豪勢な食事に落ち着かないようだった。
 食事を終えた二人。口を開いたのは、オレアン候であった。
 「仕事の件だ。この屋敷の一角に、貴様の為にアトリエを用意した。そこで、我が妻を生き返らせてほしい」
 その言葉はレイにとって衝撃的なものだった。こんなに真っ直ぐに蘇生を依頼してきた人物などこれまでいなかったからだ。
 だが、面白い。それは人形師レイにとっては、かつてない挑戦状に見えていた。
 故にレイはコクリと頷いた。
 「おぉ… 引き受けてくれるか! ならば必要な物は全て用意させよう。何が必要だ?」
 オレアン候に言われ、レイは材料を書いた紙を彼に渡した。
 「な…… 貴様、正気か!?」
 メモに目を通したオレアン候は驚愕に目を見開いた。
 レイはただニヤニヤと嗤いながらコクリと頷いた。

 SCENE7
 探すにしても情報が何もないのでは、身動きのとりようがない。
 そう思ったシャルはアリスとメグを連れて街へ出てきていた。
 「………二人とも」
 うんざり、といった表情のままシャルは嘆息した。
 「メグ。せめて、もう少し楽しそうな―――― 無理だろうな」
 彼の右腕にぶら下がっているのはメグだ。ただし無表情のままだ。
 「んで、アリス。恥ずかしいなら無理するな」
 彼の左腕にぶら下がっているのはアリスだ。メグに対抗しているのだろうが、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤で、心なしか目に涙も浮かべている。
 「……あぁ、暑いっ!! 離れろ」
 なんて乱暴な口調のシャルだが、内心はすごく嬉しい。だが、代償と言うべきか、懸念材料があった。
 「んだよ! 移民が女を、それも上玉を二人も連れてやがるぜ!」
 「テメェなんかには、もったいねぇから、俺達がもらってやるから、女と有り金を寄こしな」
 街に住む市民なのだろう。歳は若い。昼間から酒を飲んで居るところをみると、真っ当な仕事ではないのだろう。教養のカケラも見当たらない。
 シャルは――――
 「黙れ、クズ。消えろ」
 ――――こういった連中が殺したくなるほど嫌いだった。

 SCENE3
 「頼まれたものだ。好きにしろ」
 レイのアトリエにやってきたオレアン候は、一人の若い娘を連れてきた。
 若い娘はロープで両手の自由を奪われ、逃げない様に叫ばない様に眼隠しと猿轡をさせられている。
 娘の格好はお世辞にも綺麗とは言えない。
 レイはその娘に強い嫌悪感を抱いた。

 SCENE8
 「お、俺達に手を出して……… ただで済むと思うなよ、移民………」
 「へ、へへ… 俺達は、かの有名―――なっ!?」
 チンピラBの顔面を踏みつけたシャルは、心の底から侮蔑と殺意を込めた視線を送る。
 「あぁ? フルボッコにされて地面舐めてる分際で、ガタガタ抜かすなよクズ」
 そう言って、チンピラBの顔を踏み抜き、チンピラAの顔を蹴飛ばした。
 「アリス、メグ。怪我はないか?」
 先ほどとは違う、いつものシャルは振り返り連れていた二人に朗らかに話しかける。
 「えぇ、私もメグちゃんも平気です」
 コクコク。
 「それじゃあ、行くか」
 歩き出そうとした彼らだが、彼らを取り巻いたのは兵士―――ではなく、陰口だった。
 移民の男が市民を半殺しにした。誰の許可を得て俺達の街を歩いてるんだ。あいつは処刑人よ。このヒトゴロシ! 人を殺して飯を食ってるなんで卑しい奴め! そんな男にくっついて歩くなんて、きっと娼婦に違いないわ。汚らわしい―――――――
 「……行くぞ、アリス、メグ」
 舌打ちを一つ。シャルは大股で歩き出し、二人はそんな彼について歩くのに精いっぱいだった。
 
 SCENE4
 レイは嫌悪感が抑えられなかった。だが、同時に酷く興奮もしていた。
 若い女を目の前にして酷い嫌悪感を覚えるが、一枚、また一枚と脱がせていく事に彼は興奮していった。
 
 SCENE9
 「はぁ……… わかっちゃいるし、間違った事をしたとは思わないが、尾を引くとはなぁ」
 家に戻ってきたシャルは、椅子に座って膝に肘をついて項垂れた。
 結局、あの後で街での聞き込みは出来ずじまいだったのだ。チンピラを半殺しにしたせいで、いつもなら嫌悪の視線を送りながらも買物をさせてくれる人たちも、今日ばかりは入店禁止状態。誰一人口をきいてくれないのだ。
 「元気を出してください、シャル。きっとレオさんが情報を持ってきてくれますよ」
 シャルを元気づけようとアリスは必死になって彼をはげましている。
 「シャル! 大変だっ!! ゆ、誘拐だっ!!!」
 「………」
 シャルは嘆息した。

 SCENE12
 レイは娘を処分して後、墓場へやってきていた。
 そして目的の墓標の前にやってくると、持ち合わせていたスコップで墓場を明かした。

 SCENE10
 スラムに住む20歳の娘が突然現れた兵士たちに誘拐されたそうだ。
 兵士たちのエンブレムは、歴戦の勇士オレアン候のものであった事が確認されている。
 「オレアン候がどうして……?」
 「そう言えば、以前、オレアン候の使いの人が私の媚薬を買って行った事があったような……… も、もしかして売春婦にでもするつもりじゃ……」
 レオの問いに答えたアリスだが、シャルは首を横に振った。
 「外れだ」
 メグはシャルの「外れ」という言葉に合わせて、アリスの頭をお盆で叩いた。
 「いったぁい…… んもぅ、メグちゃん、何するの!?」
 涙を浮かべて抗議をするが、メグは「何を言っているのか、わからない」といった表情で首をかしげる。
 噛みつくアリスと迷惑そうなメグの女の闘争はさておき。
 「そうだよな。オレアン候は武勲を立ててきた方だ。娼婦なんて真似はしないだろう」
 「あぁ、レオの言う通り。まぁ、娼婦を買う事はあったようだが。さておきだ」
 そう言ってシャルは思案顔になる。だが、答えが出るわけではなく、今日は解散することにした。

 SCENE13
 レイは、ぐずぐずに腐ったシャルロットの亡き骸に興奮した。
 鼻を刺激する酷い異臭は、まるで薔薇の芳香。目を覆いたくなるような慣れの果ては、黄金の山。
 確かに彼の眼には、そう映っていた。
 だが、これでは完ぺきではない。故に………
 「ひ、ヒヒ… ひひぃぃぃぃぃ」
 考えただけで、彼は射精をしてしまった。

 SCENE11
 リーガルの依頼も大事なのだが、レオの持ってきた案件も無視はできない。
 シャルはレオを伴って、オレアン候の家にやってきた。
 「もうしわけございません。主人は席を外しておりますので、お引き取りください」
 しかし、オレアン候は『公務』に出かけているらしく家にはいないらしい。
 「そうか… 確か、サンゼルマンと言ったか?」
 「えぇ。ワタクシめはオレアン候に使えております、サンゼルマンでございますが… それが何か?」
 目の前の壮年の男性。身長は2メートルを超えそうで屈強。だが、気品を感じられる執事だ。
 だが、シャルはそんな彼の前でも態度を崩さずに話を続けた。
 「この屋敷の兵士が、俺達の街の娘を誘拐したらしくてな。何か知らないか?」
 「はて…… あぁ、思い出しました。えぇ、兵士たちが肌の綺麗な娘を連れておりましたな」
 存外、あっさりサンゼルマンは白状した。
 「返してくれないか?」
 「それは出来ませぬ」
 「なぜ?」
 「あの者は兵士に捉えられた時点で、オレアン候の所有物になったのです」
 「………そうか。そしたらな、オレアン候でも兵士でもいい。伝えておけ。地獄へ落ちろ、と」
 「えぇ。確かに承りました」
 
 SCENE14
 泣く泣く置いてきた腐敗した肉。だが、これも崇高な目的の為ならば…
 レイは持ち帰った骨に魔法使いから教わった錬金術により、人間の肉に最も近い素材を張り付けて行く。
 無差別に肉付けをするのではない。骨格から読みとれる生前の姿を思い浮かべながら、丁寧に丁寧に………

 SCENE11
 「シャル、珍しいな。お前があんな事を言われて引き下がるなんて」
 オレアン邸を後にした二人。ツカツカと歩くシャルにレオはたまらず声をかけていた。
 「サンゼルマンだったか。あのオヤジ、恐ろしいぐらい無感情だった。人形のような…… 悠久の時の流れの中で感情を無くしてしまった人形のような顔をしていた」
 「…?」
 「不気味な程、無感情だった。久しぶりに『怖い』と思ったよ」
 「……何を言ってるのかわからないんだが」
 「だろうな。俺自身、よくわからないんだ。だけど、あのオヤジにだけは逆らってはダメだ」
 あの顔を思い出すだけで、背筋が凍る思いだった。

 SCENE15
 深夜、レイは遂に完成させた。生前と変わらぬシャルロットを。いや、レイにしてみれば極上に美しい女性を。
 「はぁはぁはぁ… ひ、ひひひ…… はぁはぁ……」
 物言わぬシャルロット。肌は若い娘から生きたまま剥いだだけあって、瑞々しい。眼球も穢れを知らない純粋な瞳。ふっくらとした唇。
 レイはたまらず服を脱ぎ去り、物言わぬ人形を押し倒した。
 何も言わずに、にっこりとほほ笑むシャルロットのその豊満な胸にしゃぶりつく。舐めまわす。揉みしだく。
 何も言わずに、ただ虚空を見つめるシャルロットの足は大きく開く。ただ欲望のまま腰を叩きつけた。そして、何度も何度も何度も白濁を撒き散らす。子供は出来ない。シャルロットは人形だから………
 何も言わずに、ピクリとも動かないシャルロット。あぁ、愛しのシャルロット。私の愛を受け止めてくれるのは、オレアン候なんかではない。愛しい愛しいシャルロット。君を愛する事が出来るのは私だけ。君が愛するのは私だけ。
 「キサマ!! 何をやっている!!!」
 部屋に入ってきたのは、生前のシャルロットを愛し、生前のシャルロットが愛し、今のレイの恋敵。
 「オレアン………」
 
 SCENE16
 「はぁ!? 死霊使いとオレアン候が捕まっただぁ!?」
 「あ、あぁ…… 死霊使いを匿った罪でな」
 早朝、シャルの家に飛び込んできたレオ。流石のシャルも突然の襲来と突然の話に素っ頓狂な声を挙げずにはいられなかった。
 「と、とにかく、一緒に教会へ!」
 「あぁ、わかった」
 シャルは未だに眠りこけているアリスとメグを起こさない様に、静かに手早く身支度を終え、家を出た。
 
 
 「おう、遅かったな。アオザキ。御苦労さん、クローム」
 教会で彼ら二人を待っていたのは、リーガルだった。
 「どういう事か説明してくれよ。リーガル」
 「まぁ、慌てなさんな。シスター、お茶を三つ、俺の部屋に」
 リーガルは礼拝中のシスターに声をかけると、二人を自分の部屋に連れて行った。

 SCENE17
 オレアン候はな、知っての通り戦場を駆け抜けた騎士だ。
 そんな彼が十年前に戦場から身を引いたのは、最愛の妻であるシャルロット様を亡くしたからだそうだ。
 ――そんな話はどうでもいい
 まぁまぁ、そんな事を言うなよ。重要な事なんだから。
 オレアン候はシャルロット様を愛していらっしゃったが、戦場を駆け抜けすぎたためにシャルロット様に随分と寂しい思いをさせた事を悔やんでおられた。
 苦悩し続けたオレアン候が手に入れた情報が死霊使いの話さ。
 死霊使いのレイ。彼は骸から人型を作りだす事に関して天才的だった。
 それはなぜか?
 彼の容姿が醜かったのさ。身長も低く、酷く曲がった猫背、流行病では命を落とさずにいたが肌には無数の斑模様が残っている。
 そんな彼を愛する女性などいやしなかった。生身の女性が彼を愛さなかった。そして彼も生身の女性を愛せなくなった。これが狂気の始まりさ。
 誰も愛せない。けれど、若い男の衝動を抑えられなかった。彼は死姦に走ったのさ。
 それだけじゃ物足りなかった。だから、作ることにしたんだ。理想の女性をね。
 ――話が長い。要点だけ言えよ
 せっかちだな、アオザキは。おーけー、話の肝はこれからだ。
 オレアン候は俺達(キリスト教徒)から逃げ回る死霊使いを匿った。
 その代わりに死んでしまったシャルロットを生き返らせてほしいと願ったんだ。
 死霊使いはそれを受諾して、生前と変わらぬシャルロット様を作ったのさ。
 被差別民の女の皮、目、髪を生きたまま剥ぎ取り、くり抜き、引き抜いた。
 シャルロット様の墓を暴き、骨を持ち去り、見た事もない素材で肉を作り………
 レイは人形のシャルロット様を愛してしまった。
 それを見たオレアン候は激怒した。目の前の男にシャルロット様を汚された事を。そして物を言わずされるがままのシャルロット様を。そして、何より人の死を冒涜した自分自身を。
 故に。
 ―――出頭したのか
 あぁ。自ら斬首を希望した。レイの斬首は確定しているが、オレアン候に関しては判断に悩む所だ。
 ―――あ?
 死にたがりを殺すのは道に背くことになる。
 ―――はっ、茶番だな。死を冒涜したんだ。テメェの罪深さに気づいたんだろ?
 …だな。ならばオレアン候の死刑は執行で確定だ。文句は言わせない。

 SCENE18
 ここは異端審問局の処刑室。事が事だけに公に出来ず、秘密裏に処理されるのだ。
 命を司る教会だというのに、処刑室があるというのは、それだけ人間が滑稽であるかのようだ。
 断罪刀アオザキを携えたシャルは、断頭台にいる男の顔に驚きを隠せなかった。
 「人形屋……」
 その男、死霊使いレイは、シャルが何度か仕事を依頼した人形屋であった。
 「そうか…… 合点がいった」
 シャルは嘆息した。
 「でだ、人形屋。今から死ぬわけなんだが、俺に斬られるか、あそこの震えているマヌケ面に斬られるか選びな」
 「………」
 シャルの問いに答えない。
 「はぁ… まぁ、金はないだろうな。墓場を荒らしたりして、後始末に金がかかるんだろ。おーけー、それじゃあ、俺の質問に答えろ」
 ずいっと顔を寄せるシャルは、レイの耳元で囁くように尋ねた。
 「人間の筋肉に非常に近いあの素材の作り方だ。あれについて教えてもらおうか?」
 処刑人だが、同時に医者でもあるシャル。その技術に純粋に興味がある。
 「………サンゼルマン」
 「あ?」
 「サンゼルマンという男に聞けばいい。ヤツは不老不死の魔法使い。本物の魔法使いだ」
 ぼそぼそと、それでも饒舌に喋るレイ。
 「……サンゼルマン、ね。まぁいいだろう。特別に殺してやる。感謝しろ」
 麻袋を被されたレイの首を鮮やかなまでに斬りおとした。

 オレアン候は特筆する事はない。
 ただ一言。「墓場に金は持って行けない」
 そう言って、シャルにチップとしてはありえない額を渡す事を約束してくれた。

 SCENE19
 「………」
 「………」
 二人の斬首が終わった帰り、シャルもレオも嫌な疲れ方をした。
 なんとも後味の悪い事件だ。そして、振り回されるだけ振り回されて、事件には何一つ関与していない。気持ちの悪い仕事だった。
 「………」
 「………」
 沈黙のまま歩みを進める二人。時は昼過ぎ。だというのに、空が茜色に焼けていた。
 「お、おい! シャル、あの方角って!!」
 「わかってる!!」
 不自然な茜色の空に嫌な予感を隠しきれない二人は、駆け出していた。

 シャルの家が――――― スラム街は燃えていた。

2009-07-29

悪魔の処刑人3(アオザキ・サーガ第一章)

 Episode3
 「何? 魔女裁判?」
 ここは王都近くにあるスラム街。犯罪者や被差別民が多く住む街にある、街医者の家… ようするにシャルル=ジェイダー・アオザキの自宅である。
 正真正銘の貴族になったレオナルド・ダンリー… いや、貴族になった事により、レオナルド・クロームと名を変えていた。
 さておき。正真正銘の貴族になったレオだが、今日も今日とてシャルの家にやってきていた。
 「どきどき魔女裁判。どう? 貴族的未来からの啓示」
 「神判な、啓示は。まぁいいや。で、なんでまた魔女神判の話が持ち上がったんだよ、俺に」
 「あ、まぁ… うん…」
 途端にレオは言葉を濁し、シャルの彼の様子がおかしい事を怪訝に思った。
 「あんまり、言いたくない、な」
 「貴族的にか?」
 歯切れの悪いレオに、シャルは茶化すように笑った。けれど、レオはいつもの少年のような笑顔を見せなかった。それどころか、地下牢に居る時のような真面目な顔だ。
 「いや、友達だからな」
 「レオ……」
 ふざけた雰囲気はない。少なくともレオはシャルを親友だと思っているし、シャルも唯一の友人だと思っている。
 見つめ合う二人を取り巻く空気。
 「……………」
 事の成り行きを顔を真っ赤にして、だがかなり期待(ドキドキ)しながら、メイド服を着たマーガレットが見守っていた。
 「イシャ・眼潰し!!!」
 「ふごぉ!?」
 メグの視線に気づいたシャルは、慌ててレオの両目に指を突き立てた。そして、メグの所まで歩いき、その華奢な肩を掴んで言い聞かせるように言う。
 「いいかい、メグ? あんな感じなのは、コヤスとかミドリカワとかキシオとかサクライに任せておけばいい。レオはともかく、俺には期待するなよ? 主人公だし」
 「ちょ、シャル!? 俺には期待してるの!?」
 視覚を奪われたレオは悶えながらも、しっかりと返事をしていある辺りが流石だ。
 「いや、だって、お前のイメージが、アクセルの『Skyのsun』だと、神様が告げている気が………」
 「オマエは無神論者だろーがぁぁ!!」
 「まぁな。シスターが処女じゃないといけないなんて神様なんざ、トイレットペーパーと一緒だ」
 わーわー、ぎゃーぎゃー。
 「さて、不毛な会話は止めて、教会にいこーぜ」
 「…俺はさっきのお前の発言のせいで、教会…というかシスターに近づけない方がいいような、ってギャーーーーーーーー!!!」
 「うるせー、さっさと行くぞ! それじゃ、メグ。お土産、楽しみにしていてくれ」
 コクリ。
 シャルは回復しかけていたレオの目を再び潰すと、彼の首根っこを掴んで家から出て行った。

 Episode4
 彼らがやってきたのは、王都内にある大きな教会だ。
 聖域(サンクチュアリ)と呼べるほど、白く高潔な城のような建物。レオの貴族らしい格好は、腐っても貴族の高貴さがよく似合う。対してシャルの黒衣は神父やシスターのような信仰心溢れるものではなく、禍々しい雰囲気が聖域の中にあるだけで強烈な違和感が付きまとう。
 この威圧的な建物にシャルは刹那の躊躇いを覚え、足を止めようとした。だが、その背中を押してくれたのはレオだった。
 「なにやってんだ、悪魔の処刑人がビビってるのか?」
 レオの挑発的な物言いに、シャルはムッとした。けれど、レオの言葉は彼なりの励ましだと感じた。
 「黙れ、ボンクラ。イシャ・チョップ!」
 「目ぇ!!?」
 シャルの手刀はレオの顔面、それも目を強襲し、レオは悶えた。
 「キサマら! 何をやってる!!」
 この二人のじゃれあい(?)を目にした門番が槍を携えて駆け寄ってきた。
 「き、貴様!」
 門番はシャルの顔を見るなり、いきなり襲いかかってきた!
 「悪魔め! 神聖なる教会に足を踏み入れる腹づもりか! そうはさせぬ、滅っ!!」
 槍を構えて一直線。シャルの心臓を一撃で射ぬこうとする突撃。だが、シャルは動じる事無く、腰に携えた『断罪刀アオザキ』を抜刀し、槍の切っ先を、その幅広い刀身を使って受け流す!
 シャルは刀を峰に持ち替えると、門番の槍も鎧も砕く程の一撃を叩きこんだ!
 「勇気と蛮勇をはき違えるなよクズ。親子三代で人殺しで飯を食ってるんだ、お前程度の技量と覚悟で、俺の首を取れると思うな!!」
 すっかり気を失ってしまった門番。シャルの見立てでは肋骨が何本か持っていかれているだろうが、幸いにして骨が肺に達している事もなさそうだ。それよりも…
 「騒ぎが大きくなってきたな……」
 シャルと門番の悶着が人を呼び、いつの間にか武装した関係者に包囲されていた。
 「一体、なんの騒ぎだ?」
 その中から一人、筋骨隆々の神父のような男が一歩前に出てきた。歳はまだ若い。神学校に通い神父になるには、幼少の頃から勉強していなければならない。それでも試験に通るのは難しいとされる。それだけあって、歳が若いというのは才能に溢れた…天才と呼ばれる人種である事を示唆している。
 それだけではない。勉強ばかりしている為に、精神的に歪む者も少なくない上に、レオではないが「ちょっと乱暴にされれば、骨が折れます」といった者も多い。そんな中で、現れた男は恵まれた体格と鍛え上げられた肉体を持っている。
 要するに、この男は神職者においてアンチテーゼのような存在だ。アンチテーゼでありながらも、神職者としては最も正しい姿にも見え、シャルには彼がただの神父には思えなかった。
 「はっ! 実は――――」
 シャルとレオを包囲した一人が、その男の所の元へ寄ると耳打ちをした。
 男は話を聞き終えると、「うむ」と頷く。そして、
 「皆の者! 槍を納め、早々に立ち去れ!!」
 隅々までよく届く声。誰かが異議を唱えようとするが、しかし誰も逆らえずにすごすごと引っ込んでしまった。
 シャルは、その出来事を唖然として見ていた。
 気づけば周囲には人影はなくなり、その場にいるのはシャルとレオ(依然、悶絶中)、そして先ほどの男だけだった。
 「剣を納めよ、アオザキ殿」
 「………」
 名前を呼ばれたシャルは怪訝な顔を見せたが、男に敵意がないことを読み取り剣を収めた。
 「感謝するぜ。そして、失礼した。俺は司祭のレイク・リーガルだ」
 リーガルは、そう言うと手を差し出してきた。シャルはその手を見て眉を潜めた。
 「いいのか、司祭。悪魔と握手なんして」
 「構わないさ。俺にはアンタが悪人には見えない。従ってアンタは悪魔じゃない」
 だろ?と歯を見せて笑う顔は、先ほどまでの司祭の顔ではなく、年相応の青年のようだ。その笑顔にシャルは嘆息。そして、手を取った。

 Episode5
 「それにしてもよく来てくれたな。俺の伝説に加えたくなってくるぜ」
 リーガルの私室に通されたシャルとレオに紅茶を出す彼はおもむろにこう言ったのだ。
 「まぁ、仕事だからな」
 シャルはすました顔のまま答えた。
 「仕事だから、か。なるほど、当然と言えば当然だが、平気なのか?」
 「あ?」
 「いや、だから陰口とか多いぞ、ここでは」
 「………」
 ここでシャルはリーガルとの会話が上手く噛み合っていない事に気付き、レオの顔を見た。
 レオは曖昧に笑いながらも口は開かなかった。
 あぁ、なるほど。そういう事か。
 シャルはレオが口を開かない事や、リーガルの言葉から一つの答えに辿り着いた。
 「魔女の口を割らせるのは、スラムに住み着く薄汚い悪魔に任せておけばいい」
 シャルの言葉に、二人は口を閉じたまま目をそらした。
 「はっ! 上等だよ。そんなクソッタレな事を言ってるから出世出来ねぇんだよ」
 二人の様子を見たシャルは、笑い飛ばした。それにつれてレオもリーガルも「ぷっ」と吹き出した。
 「ははっ、シャル、出世出来ないって、言い過ぎだ! 貴族的にチョーウケる」
 「気に入ったぜ、アンタ! アンタのセリフ、俺の伝説に加えてやるぜ!」
 私室を包む朗らかな笑い。それが収まってから、リーガルは仕事の話を切り出した。

 とある村の外れにある小さな不気味な小屋。そこには、村から追い出された一人の女性が住んでいた。
それこそが魔女エリス・マリノアである。
 その彼女が異端審問官に捕まり、地下に監禁されている。
 「詳細は実際に会って、彼女に聞けばいい」
 リーガルは最後にそう呟き、レオと仕事の話に入った。
 要するに一人で行けと。
 
 Episode6
 シャルが向かったのは、潔癖なまでに白い部屋だった。教会の外壁は聖域を思わせる程に神々しいのに対して、この部屋の白さは暴力的なまでだ。まるで、部屋の中に存在する全てを白くするような、圧倒的なまでの真白。
 彼はその白さに嫌悪感を覚えたが、だが足を止めずに真っ直ぐと歩き、そして彼女の前に立った。
 「驚いたな。俺以外にニホンの血を持っているヤツがいるとはな」
 白い部屋の真ん中、一脚の椅子の上にダラリと項垂れた女性が気を失っていた。歳はシャルと同じぐらいか、すこし上に見える。ニホン人に多い黒く長い髪は手入れをすれば美しいのだろうが、今はボロボロなっている。所々にこびりついているのは、恐らく彼女の血だろうか。彼女の白い肌に多くの血痕が残っている。
 「う、あ……」
 彼女は小さな呻き声を出しながら気が付いた。何日も飲食をしていないのだろうか、口の中が乾燥してしていてゲホゲホと咳き込んだ。
 両手と両足、胸の当たりを椅子にくくりつけられていて身動きが出来ないのだろう。咳き込むだけでも酷く苦しそうだ。
「ったく、拷問の遣り方に美学がねぇよ。ほら、大丈夫か?」
 シャルは項垂れるエリスに少量の水を飲ませてやった。細く白い喉が小さくコクコク動く。
 それを何度か繰り返した後、ようやく一息ついたのか意識を取り戻したエリス。「ありがーーー」とうと言おうとした瞬間、その目は驚きに見開かれていた。
 「黒髪に黒衣…… あ、あああ……」
 シャルの姿を見たエリスは、全ての希望を無惨にも打ち砕かれたように、絶望の色を浮かべた。
 「…お前が何を考えているのかは大体理解できる。けどな、俺はお前が思っているよりも慈悲深いんだよ。だから、取引をしよう」
 「とり、ひきですか…?」
 光を失いかけていたエリスの瞳に灯がともりはじめた。シャルはその光を見逃さなかった。
 「お前が村の外れに追いやられた理由、そこで何をやっていたのか。すべて洗いざらい吐け。そうすれば、この土地で最も安全かつ危険な場所で保護してやる」
 エリスは躊躇った。彼の噂が本当なら奇妙な報酬で苦しまずに逝かせてくれるかもしれない。けど、吐かせるだけ吐かせて火炙りにされるかもしれない。いや、多分きっと彼は約束を守ってくれる。だけど、最も安全で最も危険な場所って何処?
 思考がぐるぐるとしている。だが、このまま彼が去ってしまえば、あの異常な異端審問官に殺されるだけ。だったら……!
 「どうして、私を助けてくれるんですか?」
 話す前に目の前に立つ男に尋ねた。
 「ニホン人ってヤツは同族意識異常なまでに高い連中らしくてな。マスコミに踊らされている事にも気付かないで、ヘドが出る。でも、俺もやっぱりニホンの血統なんだろうな。目の前にいる女に情が湧いたんだよ」
 自嘲気味笑うシャルに、「ますこみ?」と尋ねるエリス。
 「未来からの啓示さ。気にするな」
 そう言って、彼女の拘束具を外した。

 Episode1
 五十年ほど前に漂着した黒髪の男はフランス軍を相手に大打撃を与えた。
 事態を重く見た当時の国王は、彼に処刑人としての仕事を条件に今後一切の危害を加えない事を約束した。
 処刑人の仕事というのは、罪人に対する最後の慈善事業である。それなりの達人でないかぎり斬首の時は痛み苦しんだ挙句に絶命するものだ。故に達人である男が楽に逝かせてやる。その代償に金銭を受け取っている。
 しかし、人の命を容易く奪う仕事は人々に忌み嫌われ、加えて黒髪という特徴が彼をより際立たせた。
 男には妻がいた。この地で得た女だ。妻は男の仕事を嫌わず、むしろ誇りに思うべきだと言った。男には勿体ないぐらい程のイイ女であった。
 だが、男は一人の女では足りなくなってしまった。だから、酒場でひっかけた女を抱いた。女は好奇心から、容易く悪に受け入れる。その中の一人が身ごもり………

 Episode8
 それから一週間、漂白の監獄(シャル命名)に通ったシャル。あまりにもテンプレートな魔女裁判は、満場一致、全会一致でエリスを魔女として断定。
 そして、今日は魔女を火炙りにして魂を浄化する。
 シャルはリーガルに頼み漂白の部屋には、自分とメグともう一人の助手だけにして欲しいと頼んだ。
 恐らくリーガルはシャルの思惑に気付いているのだろうが、とはいえ彼も随分と豪気な男で二つ返事で了承した。

 Episode9
 数刻後、処刑場に姿を表したのはシャルとメグと助手、そして惨いまでに拘束された魔女の姿だった。
 両足を縛られ、腕は胸の前で交錯して、手首に付けられた鎖は背中を通してもう一方の手首につけられている。その上から白い布で何重にも巻かれ、鎖でしばりあげられている。口には猿轡、目には黒い目隠しと、あらゆる拘束がなされており、黒い髪がなければ誰だかわからない程だった。
 そんな魔女を丸太に括りつけて、自走できないようにしてある。故にシャルとメグと助手の三人が丸太を担いで広場まで運んでいた。
 「おい、待て」
 その途中、神経質そうな神官に呼び止められた。シャルは一瞬イヤそうな顔をしたが、すぐに足を止めて神官に向き合った。
 「なんだ? これ、重いんだ。早くしてくれ」
 「なぁに、時間はとらせんよ。そこの顔を隠すようにフードを被っているヤツの顔を拝見させてほしいんだ」
 チッとシャルは舌打ちをした。
 「んん~? 今、舌打ちをしたかね? それほど、そいつの正体を知られたくないようだなぁ、悪魔ぁ~」
 男は粘着質に笑う。鬼の首を取ったのかのようである。
 「さぁ、正体を見せてもらおうか! 魔女め!!」
 吠えた神官は助手を覆うローブを剥がした!
 「ぎゃあ!? 見ないで~!! 貴族的に困るぅ!?」
 ローブの下から姿を現したのは、レオナルド・クロームだった。
 「なっ!?」
 さすがの神官もローブの下から出てくるのが男爵だとは思わずにひるんでしまった。
 「あーあ、見られちまったな。どうするよ、レオ」
 ニヤニヤと笑うシャルは芝居がかった口調で言う。
 「俺、貴族。なのに処刑の手伝いをしていた事が知られるとマズいんだよねぇ… 処刑しちゃう? 貴族的に」
 レオがこれまでになく悪役らしく笑い、神官は喉を鳴らして後ずさる。
 それに合わせてシャルは剣を引き抜こうとした、が。
 「わ、わかった。誰にも口外はしない! だ、だから許してくれ!!」
 神官は泣きながら口早に言う。
 「……ま、俺もレオも鬼じゃない。アンタがそう言うなら仕方がない。今回は許してやるよ」
 シャルの言葉にホッと胸をなでおろす神官だが、シャルは言葉をつづけた。
 「でもな。俺は悪魔だ。こちらから契約を破棄する事はないがな、もしやぶったら、どうなるか……… わかるよな?」
 犬歯を見せて笑うシャルは、神官の目にはさぞかし悪魔に見えたのだろう。彼は泣きながら走り去って行った。
 「……シャル、俺はお前が怖いよ。貴族的に」
 「そうか? ありがとよ」
 会話もそこそこに三人は魔女を抱えて広場に向かった。

 Episode7
 数日前。魔女裁判直前の事だ。
 シャルは大荷物を抱えて、漂泊の監獄へやってきていた。
 「さて、と。エリス。君には今から死んでもらう」
 「えっ?」
 シャルの言っている事の意味がわからない。そんな表情を浮かべるエリス。
 「あー、まぁ、混乱するとは思うけど、君は何も考えられない文字通り『人形』になる」
 「???」
 「ま、案ずるより産みが安しって事で」
 そう言って取り出したのは、エリスそっくりの人形だった。身長も体格も自慢の黒髪も、そっくりな今にも動き出しそうな人形だ。
 「いやぁ、あの人形師は腕がいい。特徴を伝えただけで、このクオリティ。グッドスマイルカンパニーとかアルターに就職すればいい」
 「えっと………」
 「気にするな。未来からの就職案内だ」
 ゴホン。
 「さておきだ。君は俺の拷問を受けて薬漬けにされた挙句、言葉も話せない程壊れてしまう。書類上では死んだ事になるだろう。だが、神官たちからすれば魔女を捕まえて火あぶりにする事が名誉みたいなもんだから、どの道焼かれる。だから代わりに彼女に死んでもらう」
 要するに身代わりだ。とシャルは笑った。
 結局、裁判は喋れないエリス人形をよそに粛々と進み死刑が言い渡された。
 
 Episode10
 「どうだ、エリス? 自分が殺されているのを見る気分は」
 背中にかかるぐらいの美しい金色の髪を揺らす、勝気というよりは自由人のような顔をした美しい女性に話しかけた。
 「そうですね。あまりいい気分とは言えませんが、それでも私は……自由になれたんです」
 彼女は晴れ晴れとした笑顔を見せた。
 「そうか…… それにしても、本当によかったのか、エリ…いや、アリス。俺の妻になんかなってさ」
 「はい。命の恩人なんですもの。私の未来を貴方に捧げます」
 「そうか。ありがとよ、アリス」
 燃え上がる炎は人形を焼き火柱を上げる。その様子をシャルとその腕にくっついたアリスが見つめていた。
 「……それはそうと、アリス・アオザキになるんだろ?」
 「えぇ」
 「AAだな」
 シャルがにっかりと笑うと、アリスは顔を真っ赤にして、自身の胸を押さえた。
 「Dはあります!」
 「………なんの話だよ」
 「えっと……」
 「はぁ… とりあえず、今晩は、そのDとやらを確認させてもらおうかな」
 「////」

 Episode2
 身ごもった女が産んだのは、母親そっくりの女の子だった。
 だが、その女の子が生んだ子は、祖父の血を引いた黒髪の子であった。
 村の人々から迫害を受ける黒髪の女の子を、必死になって母親は守った。父親は即座に逃げ出してしまった。
 母親は村の外に家を建てひっそりと身を隠して暮したが、病に伏せてしまい死んでしまった。
 助けられなかった黒髪の女の子は、薬学を学び始めた。
 その知識は独学でありながらも様々な功績を残していた。
 だが、黒髪である彼女の話を聞く者はおらず、考えた彼女は染髪料を開発して、時折神を染めては薬を売り物を買っていた。
 それが問題になったのだ。
 彼女が金髪に変身する事を知った村人は、彼女が魔女になったと思い教会へ通報した。

 
2009-07-27

悪魔の処刑人2(アオザキ・サーガ第一章)

 「俺、貴族。敬って。そうすると、俺、ハッピー」
 シャルの自宅に来るなりレオは言い放った。シャルは手に持ったティーカップは動きを止め、その傍らでお盆を持ったまま小首を傾げるメグ(マーガレットの愛称)。
 「…そのセリフは前回聞いたから、いらないんだが」
 シャルは嘆息して紅茶を口に含んだ。
 「そうじゃない! 俺、貴族になったっ!! ドルッシ子爵の件で親父とは関係なく、俺、貴族。男爵だけど」
 レオは自慢げに胸を張ると、シャルは驚きのあまり紅茶を吹き出し、メグは少しの間を空けてからお盆で顔を隠した。
 「ご、ごほっ… メグ、その反応は教えた通り可愛いが…… あー、それより布巾を取ってきてくれ。布巾だ、解るな?」
 袖で口元を拭きながら言うと、メグはコクリと頷いた。
 「で、レオ。まさかそれだけを言うだ為だけじゃないだろ? 仕ご―――」
 話している最中、台所から布巾を持ってきたメグは、シャルに渡そうか悩んだが、彼が喋っているのが忙しそうに見えたのか、彼には渡さずに彼の顔を拭き始めた。
 「め…… メ、ぐ…… 強い強い。押し付けるな、顔が削げる… ぷはっ! はぁはぁはぁ……」
 シャルはメグの腕を取ると、ようやく押しつけられた布巾から逃れて新鮮な空気を胸いっぱいに吸った。だが、その光景をメグは不思議そうに見ていた。
 「いいかい、メグ? そんなに強く布巾を顔に押し付けたら、俺が息できなくなってしまう。そうすると俺が死んでしまう。わかるかい?」
 そう言われたメグは数秒の間があったが、コクリと頷いた。そして、彼女はツカツカとレオの所まで歩いて行き…
 「ぐおっ!? マーガレットさん!? そ、れ! 濡れてる! 息、が… 死ぬ死ぬ!! 貴族死んじゃう!!」
 レオの口鼻を布巾で押さえつけた。当然、レオは抵抗するのだが、メグの力の強さはなかなかのものであり、顔色が青白くなってきた。
 最初こそは「あっはっは」なんて笑っていたシャルだが、いよいよ笑い事じゃなくなってきたので、メグの肩に手を置いて優しく諭した。
 「メグ。気持ちは痛いほど、よくわかる。けどね、メグ。こんなクズでも一応貴族だから、死ぬと問題になるんだ。貴族的に。解るかい?」
 やはりしばしの間があって、コクリ。メグはレオから布巾を離すと、熟考。そして、床に飛散している紅茶を拭き始めた。
 「大丈夫か、レオ」
 「だ、大丈夫なワケがない… 帰る。貴族的に。つーか、貴族ご立腹?」
 聞くなよ。なんて言うより先に、レオは家を出て行ってしまった。だが、すぐに戻ってきた。
 「そうだ、シャル! 今日は仕事があるんだっ!! 一緒に来てくれるか!?」
 「あ、あぁ……」
 シャルは戻ってきたレオの頭が鳥頭なんじゃないかと心底心配したが、あまり気にしない事にした。
 「メグ。俺は今から出かけてくる。留守番、よろしくな」
 一心不乱に床を拭き続けるメグは、彼の言葉が届いているのか解らないが、一応はコクリと頷いた。
 「……」
 そんなメグに一抹の不安が残るシャルだが、レオと共に家を後にした。

 レオに連れてこられたのは、刑務所であった。仕事の依頼がある度にここへ足を運んでいるシャルにとっては慣れたものである。薄暗く、悪臭が漂い、様々な人間の負の言葉が充満している異空間。曰く、地獄。
 「で、今回は?」
 だが、慣れてしまっているシャルにとっては何も感じない空間。事務的に口を開いた。
 「あぁ、今回の仕事は『怪盗ジャンヌ・ダルク』だ」
 レオも首切り役人…ある種の警察機構に属する男だけあって、ここの雰囲気には慣れてしまった、というよりは見たくものは見たくないといった感じで人格が入れ換わってしまっていた。
 「怪盗ジャンヌ・ダルク? 15世紀の英雄が怪盗か?」
 「茶化すなよ。最近、巷では貴族を狙った窃盗事件が相次いでな。盗んだ金品をスラム街にバラ撒いていたんだ」
 レオの口調はいつものそれではなかった。それだけ、ここの光景というのは、酷いということだ。
 「へぇ… どうりで、連中の羽振りがいいと思った」
 「ま、めでたく怪盗は捕まり、今は牢屋の中というわけだ」
 「ふぅん。それで? 俺の仕事は拷問か? 首切りか?」
 さして興味のないシャル。
 「首切りだ。お願いできるか?」
 「ま、相手の金払い次第って所だな。っと、ここか…」
 二人が足を止めた牢屋の中では、足を抱えてうずくまっている女性がいた。
 服の上からでもよくわかるスタイルのよさもさながら、目を引くのはプラチナブロンドの長く美しい髪。だが、何日も手入れをしていないからか、少しボサボサしていた。
 「ジャンヌ。面会だ」
 事務的に言ったレオは「あとは任せる」とシャルに言うと、そのまま牢屋から出ていってしまった。
 「君が神風怪盗ジャンヌだな」
 レオには反応を示さなかったジャンヌだが、シャルの声を聞いた途端、顔をあげた。
 「アナタは… いえ、それよりも神風怪盗って何よ?」
 「気にするな。未来からの啓示だ。そんなことより、仕事の話をしようか」
 ふぅ、とため息。そして気持ちを入れ換えたシャルは彼女の犯した罪を語り出した。
 「アルス伯邸を始めとした、様々な貴族の家に忍び込み金品を盗み、それを換金した。そして、その金をスラム街へバラ撒いた。間違いないな?」
 「えぇ」
 「君は三日後に首を落とされるわけだが…」
 シャルの「首を落とされる」という言葉にピクリと反応して、青ざめて震え始めた。それに気付いているのか、いないのか、シャルは言葉を繋げる。
 「どうしても解せない点が二点ある」
 人差し指を立てて、「一つ目。今回の犯行では君に利益が出ない。まず、そこが理解できない」
 「スラムでも政府の役人で医者をしているアンタにはわからないでしょうけど、私たちみたいな被差別人はね、お金がなくて、今日明日食べる分にも困ってるのよ!」
 ジャンヌはヒステリック叫ぶが、シャルは尋ねておいて話を聞いてはいなかった。
 「それじゃ、次。レオを筆頭に政府の連中は気付いていないようだがな。ジャンヌ、お前は盗んだ金目のものは何処で換金したんだ?」
 「………」
 シャルの問いに、ジャンヌは答えなかった。
 「なるほど。答えない、か…… だったら、身体に聞くしかないな」
 ニタリと笑うシャルにジャンヌは戦慄する。
 「さぁ、選べ。快楽に溺れ洗いざらい吐くか、苦痛に満ちて余すことなく吐くか」
 「言うわっ!! 言うから…… おねがい………」
 よほど、シャルの顔が怖かったのだろう。ジャンヌはポロポロと涙を流して、一人の貴族の名前を出した。
 「ダゲッソー伯よっ! 彼に言われてやったの!! 母の… お母さんの薬を買うお金に代わりに………」
 そこまで言うとジャンヌは自身の嗚咽で何も語れなくなってしまった。
 「…よく言ったな。だがな、その勇気は別の方向に使え」
 シャルは彼女にそう言ってやると、寂しそうに牢屋を後にした。

 「で、どうだった? 気になるぞ。貴族的に」
 刑務所の外で待っていたレオは、いつもの調子に戻っていた。
 「あー、交渉するの忘れてたな。まぁいい。レオ、ダゲッソー伯が今回の黒幕だ」
 「はっ? 何言ってるの? ダゲッソー伯と言えば、商務国務会議委員長、摂政会議財政担当委員を歴任した方だぞ! そんなワケが……」
 「あるかもしれないな。商務国務と財政だろ? 今、この国は陛下の下で軍需の拡大をしている。これが何を意味しているかわかるか?」
 「軍需? ……財政…… もしかして、金庫がすっからかん、なのか?」
 「流石だな、貴族。腐っても基本は学んでいるようだ」
 「失礼だよ!? 貴族でも怒るよ? 貴族的に!!」
 いや、貴族は我慢が出来ないからすぐに怒るイメージがあるのだが… さておき。
 「悪い悪い。でも、いい線をついている。おそらくだが、軍需拡大の為にかなり大量の金が必要なんだ。その為にダゲッソーはジャンヌを利用して、他の貴族の家にある金品を盗ませた。芸術品などをな」
 「おい、ちょっと待てよ! 話についていけない。貴族的に意味不明。なんで、ダゲッソーとジャンヌが繋がってるんだよ!」
 「知るか! まぁ、推論だがな、ダゲッソー伯は偶然、ジャンヌの身体能力の高さを知ったんだろう。そして、部下に調べさせ、彼女の母親が病気であることを知った。スラムに住む人間に薬を買う力なんかないから、彼女に薬代を渡す代わりに――」
 「ジャンヌに盗みをさせた? …いや、だけど、繋がらないぞ」
 「いいか、レオ。今すぐに帰って調べろ。恐らく盗まれたのはルネサンスのモノが多く含まれているハズだ。あと、財務省の中で使途不明金が必ずある。それを調べ上げてみれば、話が繋がるぞ。あと、出世にも」
 「えっ? マジ、出世? 貴族的に出世したい。つーか、親父を見返したい!! わかった、今すぐに帰る! アディオス!!」
 言うより先にレオは駆け出して行ってしまった。
 「あ、おい! 行っちまった…… アディオスはスペイン語で、アデューがフランス語だ。間違えるなよ……」
 シャルの呟きに、門番だけがウンウンと頷いていた。

 「ただい…まっ!?」
 自宅に帰ってくるなり、シャルは足を滑らせ尻もちをついてしまった。
 そんな彼の所に駆け寄ってきたメグは、わざわざお盆を持って来て、顔を隠してしまった。
 「……メグ、確かに可愛いが、対応が間違っている。できれば、心配そうに駆け寄ってきてくれ」
 コクリと頷いたメグは、立ち上がったシャルを突き飛ばして尻もちをつかせた。それを確認した後、台所まで引っ込んで、再び駆け寄ってきた。そして、転んでいるシャルの手を握って、オロオロ。
 「………及第点だ。けど、突き飛ばすはやめてくれ」
 コクリと頷いたメグは、そのまま台所に引っ込んでしまった。
 「やれやれ……」
 こめかみを押さえて、頭を抱えるシャル。
 「…………」
 自宅の床がツルツルのピカピカになっているのに気づいた。
 「劇的ビフォーアフター(床限定)か……」
 未来からの啓示。
 さておき、こんなに床が綺麗になっているのは、おそらくメグのおかげだろう。刑務所に行く前に「出掛ける」とは言ったが、彼女の耳には届いておらず、一心不乱に床を拭き続けたのだろう。
 「…注意しないとな」
 ひとつ、頭痛の種が増えた。

 それから三日。シャルは断頭台の上に立っていた。その傍らには麻袋を持ったメグの姿があった。
 「すまないな、ダゲッソー伯は捕まえられなかった」
 そう語りかけた相手は、ジャンヌであった。彼女は両手両足を縛られて跪いている。
 「そう……」
 腹を括ったのか、泣きもせず無表情のまま短く答えた。
 「証拠も全て揃ったんだけどな。もみ消されてしまった。国益の為に、なんて名目のおかげでな」
 彼女は答えない。
 「ダゲッソー伯は薬代を渡した上で、なぜ金品を換金した?」
 「……ダゲッソー伯を脅したからよ。この事をバラされたくなかったら、お金を頂戴ってね」
 「…なるほど、強かだな君は」
 「ふんっ」
 「あとは、なぜ私腹を肥やさずに金をバラ撒いた?」
 「……知ってるでしょ? 私たちはお金がないの。だから病気にかかったら一間の終わり。お母さんみたいにね。だから――」
 「そうか……」
 それきり、二人は黙ってしまった。
 そんな時、メグがシャルの服を引っ張った。
 「あ、あぁ…… 時間か」
 コクリ。
 「特別料金で首を刎ねてやる」
 「そう…… でも、私はお金は持ってないわよ」
 「だろうな。だから、俺は代金として君のその美しい髪を貰う」
 「こ、れは…… ううん、いいわ。お母さん譲りの自慢の髪なんだけど、アナタにあげる」
 「ありがとよ」
 言って、シャルはジャンヌの髪を持っていた短刀で斬り落とした。
 美しい自慢の髪を斬りおとされたジャンヌだったが、その表情は何処かスッキリとしたものだった。
 シャルは切り取った髪をメグに手渡すと、代わりに麻袋を受け取り、彼女の顔に被せようとした。
 「最後に言い残したい事は?」
 「何もないわ…」
 「そうか…… 東洋にはな、輪廻転生という言葉があるんだ」
 「リンネテンセイ…?」
 「そうだ。死んだ者の魂は再び肉体を得て蘇るって話だ」
 「ふふっ、ブッキョウでもキリスト教のような事を言うのね。うん、言い残したい事、出来たかな」
 「言ってみろ」
 「今度、生まれ変わったら、アナタみたいな人と結婚したいな」
 ジャンヌは今までに見せた事のない笑顔をのぞかせ、迂闊にもシャルはドキリとしてしまった。
 見つめ合う二人だが、メグはシャルの服を強く引っ張った。
 「わかった。わかったから、無表情で迫るのはやめてくれ」
 そう言って、シャルはジャンヌの顔を麻袋で覆い、立ち上がった。
 そして、手にしたのは剣ではなく、刀であった。
 1メートルはあろうかという大振りの剣。日本刀――なのかも知れないが、あまりにも太い刀身のため、尋常な刀には見えない。日本刀には独自の美が備わっている。極限まで本質的な機能性を追求した道具は、すべからく美しい。日本刀は、その機能美を体現している。だが、この刀は違った。バランスを欠いた無骨な大刀。この刀に込められた思想は丹精な機能美に止まることを拒み、結果、禍々しいほど異形として現れた。それは思想というより、もっとおぞましい何かが込められているように見える。
 「爺さんの刀を原型に随一の鍛冶屋(ブラックスミス)に作らせた刀、『断罪刀アオザキ』。まさに死神の刀と言うべきか……」
 先日、シャルが鍛冶屋に頼んで作らせた刀。祖父が亡くなって、まともな手入れがされなかった刀が錆ついてしまい、使い物にならなくなった為に作らせた特注品。これが初お披露目だ。
 「ジャンヌ、Good die(良い死を)」
 振り上げた刀は、切り裂き音も出さず、断頭台に切っ先が刺さる音だけを残した。

 後日、シャルは人形師の店にやってきていた。
 「頼んだものは出来たか?」
 「………」
 店の奥から出てきた不気味な店主は、無言のまま一つの人形を手渡してきた。
 その肌は、赤子のように柔らかく温かい。一見すれば人間にも見えるが、ピクリとも動かずに虚空を見つめたままだった。
 「いい出来だ。お代は置いておく」
 シャルはカウンターに金を置くと、プラチナブロンドの髪を靡かせた人形を持ってスラムへと帰って行った。

 「ここ、か……」
 人形を持ったシャルは一件のボロ家にやってきていた。
 「失礼するぞ」
 家主の返事も聞かず、部屋に入って行ったシャルは、ベットで横たわる熟年の女性の姿を見つけた。
 「………」
 シャルはその女性の姿を見た後、何も言わず女性の隣に人形をそっと寝かせて、家を出て行った。
 女性と人形は、まるで親子のように仲良く昼寝をしているようだ。
 「Good die(良い死を)」
 シャルは小さく呟いて、パイプ煙草に火を入れて家路についた。
 
 
2009-07-24

悪魔の処刑人1(アオザキ・サーガ第一章)

 1700年代、フランス。それよりも50年ほど前に一人の日本人がフランスに漂着した。航海の途中に船が難破し、唯一生き残った男の名前はアオザキ。
 彼を悪魔の使いとして捕獲したフランス政府だったが、彼の使う『カタナ』と呼ばれる刀剣技に甚大な被害を被った。その事実を重く受け止めた政府は本格的に彼を悪魔として、ある交渉を提案した。
 今後、一切彼には手を出さない代わりに、斬首を始めとした処刑執行人の任を与えたいというものであった。ただし、体裁があるために、彼の身分は被差別身分になるというものだった。
 彼は生き残れるならばと、提案を承諾。そして、長い年月が過ぎた。
 
 「よぉ、最後にもう一度だけ聞くぜ? 金を払うつもりはないんだな?」
 両手を縛られ、ひざまづかされている男に話しかける青年。彼が三代目処刑執行人のシャルル=ジェイダー・アオザキだった。
 ここは刑務所前にある『処刑広場』。死刑を宣告された罪人を公開処刑する場所だ。
 「へっ! 誰が金なんか払うかボケ!」
 罪人である男、貴族殺しの男はそっぽを向いてしまった。
 「はぁ… 君がそこまでマゾヒストなら仕方がないな。それでは、Good die」
 ため息一つ。シャルは処刑台から離れていった。その脇を錆びた剣を持ったシャルと同い年ぐらいの青年がガタガタ震えながら通りすぎ…なかった。
 「待ってよ、シャル! やっぱ、俺嫌だ! 頼むから代わってくれよ! 金なら俺が払うから!!」
 震える男、名前はレオナルド・ダンリー。国に仕える役人だ。
 「いや、俺はそれでもいいけど、今後も続けるのか、金払うの」
 公開処刑だ。未来の犯罪者が金を払わなければ代わりにレオが払ってくれると勘違いする、とでも言いたげだ。
 「うん、俺、貴族の人。お金、いっぱいある。敬って~ そうすると俺がハッピー」
 あぁ、こんなのだから男爵とはいえ家から放逐されて役人などやっているのか。シャルは妙に納得した。だが、それはそれ。
 「はいはい、黙れ。さっさと首を斬ってこい」
 シャルはレオの肩を掴むと回れ右。そして背中を押し出した。

 「そ、それでは」
 処刑台の上に立ったレオは緊張のあまり声を裏返した。
 「ご、ごほん! それでは、麻袋をお願いします!!」
 斬首がこれではじめてというわけでもないが、やはり慣れないのか震えは止まらない。
 「お、おいっ! こいつ、大丈夫か!? 震えて… 剣が錆びてる!? だ、誰か助けてくれぇ!!? く、くく、首斬り屋は何処だ! 払う! 全て払うから、助けて… があああああああ!? 痛い!? 痛ぇよぉ~」
 レオの剣が震え、あまつさえ錆びている。これでは斬れるものも斬れない。麻袋によって視界を覆われ、不安が膨れ上がる中での斬首は、本当に残酷なものだ。
 案の定、暴れる受刑者の首は上手く斬れず、いたずらに傷を増やして、遂には痛みに耐えきれず精神は崩壊し、出血多量で絶命するのである。
 「憐れだな、貴族殺し」
 シャルは小さく呟くと、自分が住むスラム街へと帰っていった。

 シャルル=ジェイダー・アオザキといえば、悪魔の処刑人として名高いが、それだけではない。拷問官としても様々な業績を残しているし、拷問で死なれては困るので医学にも精通している。その医学の知識を副業の医者にも利用している。まさに生と死を司る悪魔である。また、彼を有名にしているのは、報酬の特異性だった。基本的には現金での受け取りだが、時折、変わったものを欲しがるので、特に貴族達には気味悪がられていた。
 「ちょっと、シャル! 酷いじゃないか!」
 オンボロなシャルの家のドアを文字通り壊しそうな勢いで開いて飛び込んできたのはレオだった。
 「おいおい… 家を壊すなよ。何様だよ、お前は」
 紅茶を飲みながら分厚い医学書を読んでいたシャルは、飛び込んできたレオには目もくれずに言った。
 「俺は貴族だよッ! っていうか、さっき助けてって叫んだのに無視したね!! あの罪人なかなか死なない、上司が怖い目で見てくるし… どーやって、俺の心の傷を癒してくれるんだッ! 貴族的に」
 パタンと本を閉じたシャルは、ゆっくりと立ち上がった。
 「俺の仕事でも見学するか? 男なら多少は楽しめるかもな」
 ニヤリと笑ったシャルに、レオは底知れぬ恐怖を感じた。

 「ここは… ドルッシ子爵の家じゃないか? こんな所になんの用事が…」
 「不始末をした使用人を懲らしめるため、かな」
 ドルッシ子爵―いつから存在したのか不明瞭な貴族であるが、ともあれ貴族様。曰く、無能。
 邸内に迎え入れられたシャルとレオ。応接間のような場所に案内されて、待つこと数分。
 「いやぁ、すまないね。待たせたかな? まぁ、待った所で困ることもなかろう。ワッハッハ!」
 応接間に入ってきたのは、見るからに頭の悪そうなカイゼルヒゲのチビデブであった。
 たとえ、こんなのが相手だとしても被差別人であるシャルはもちろん、子爵よりも爵位の低いダンリー家(しかも三男)なので、身分は上。子爵が入ってくるなり二人は立ちあがった。
 「いいよ、掛けてなさい。ふぅ…」
 立ちあがった二人を見て子爵は彼らを座らせた。それから自分も椅子に座る。
 「では、さっそく仕事の話を」
 席についた子爵を見るなりシャルは仕事の話を切り出した。
 「で、今回は何がお望みですか? 子爵」
 「ふむ… 実は… おや? そこにいるのは確か、ダンリーの」
 子爵は話を切り出そうとする前に、シャルの隣に座っているレオに気づいた。
 「どうも、こんにちわ、ドルッシ子爵」
 「シャルル=ジェイダー・アオザキ、この男は信用に足るのかね?」
 「えぇ、少なくとも私は彼を信用しています」
 シャルはニヤリと笑った。それを見た子爵もまた意図を理解したのか、してないのか。
 「実はの、『片翼の天使』に誘われてな。商品をひとつ作りたいのだよ」
 「…『片翼の天使』か。子爵、なかなかの悪党ですな」
 「いやぁ、へっへっへ…… でな、その商品というのが… 性奴隷だよ」
 醜い脂ぎった顔で子爵は嗤った。

 「なぁ… 今回の仕事からは手を引けよ、シャル。やばいって、『片翼の天使』って言えば、反王政軍の事だろ? そんな連中と関わったら、やばいってさ!」
 ランプを持って黙々と階段を降りるシャルの周りをちょこまかとしては、レオは訴えていた。
 『片翼の天使』とは、現行の王政に不満を抱く武装組織であり、その構成員の殆どが被差別人である。そして、判っている情報が少ないために不気味さを際立たせている。
 シャルとレオは、子爵の依頼で性奴隷を作るように命じられた。報酬はそれなりの額となるので、シャルは話を引き受けた。
 この屋敷に仕える使用人の少女が誤って、子爵に紅茶をぶちまけてしまった。それに激怒した子爵は彼女を地下牢にぶち込んだと言う。
 そんな折に子爵の所に『片翼の天使』からの使いがやってきたという。
 ――王政を転覆させるために貴殿の助けが必要。新政権になった暁には貴殿を重要なポストに入れたいとこの事。貴殿の助けと言うのは――
 「性奴隷を作って、貴族どもを腹上死させる、か…… 阿呆くさ」
 子爵に聞かされた依頼の内容を思い出すだけでバカバカしくなってくる。だが、バカバカしいのだが難度高い依頼でもある。
 逃げ出すような理性を残す事無く焼き尽くし、でも何も出来なくなると具合が悪い。上手に本能のみを残して、快楽にしか興味のない狂人を作り出す。
 「人は何処まで人を冒涜できるのかね?」
 「何か言ったか? 貴族耳じゃ、女の泣き声しか聞こえてこない」
 「…ここ、か……」
 いつの間にか到着したのは、子爵邸の地下にある牢屋。たくさんの空き部屋があり、所々に白骨死体が転がっている。衣服等も残されているあたり、子爵に粗相をしてしまった使用人達の果ての姿だった。
 「誰!? た、助けて!! お願いっ!!」
 人の気配に気づいたのか、牢屋の中からか細い腕が伸びて助けを求めて騒ぎ出した。
 「五日も飲食してないとは思えない程、元気だな」
 暴れる使用人の少女を見てシャルは言う。
 「とりあえず、カギを開けて……」
 ガチャリとカギを開けた瞬間っ!!
 「うりゃ!! 死ねぇ!!」
 何処に隠し持っていたのか、ナイフを取り出してシャルに切りかかってきた。だが、そんな直線的な攻撃は、あまりにも予測されすぎていて、事もなく避けた。
 「ぎゃー! 死ぬ!? 貴族的に死ぬ!!」
 使用人の勢いは止まらず、使用人の奇襲に驚いたレオは珍妙なポーズのおかげで間一髪で事なきを得た。
 「悪い娘だ… 少し寝てろ」
 シャルが使用人の少女の腹部を殴ると、彼女はそのまま眠ってしまった。
 「……」
 少女を抱き上げた時、一緒にレオが転がっている事にも気づいたが、シャルはそれを邪魔にならないように廊下の隅に蹴りやった。レオは素で寝ているのか、気絶しているのか、昏睡しているか、幸せそうに眠っていた。
 
 「あ、う……?」
 しばらくして、使用人の少女が目を覚ました。
 「おはよう。ご機嫌はいかがかな?」
 「えっ? えぇ?? 私、なんで、裸……?」
 少女が混乱するのも無理はないだろう。今、彼女は裸に剥かれ、両手を鎖で縛られてつるしあげられている状態だ。
 「ちょっとォ! なんなのよ、これは!!」
 勝気な少女の瞳はキツくシャルを睨みつけたが、彼は別に気する事もなく喋り始める。
 「人間ってのは、とことん神に背きたくなる生き物らしくてね。創造主が与えたモノの数さえも変えてしまうのだ。例えば… 穴をね」
 先ほどまで騒いでいた少女が急に静かになった。それはシャルの持つ圧倒的雰囲気が彼女を呑み込んだ。それだけではない。身体が熱いのだ。特に……
 「どこぞの国では神の与えた穴を増やすためにピアスをするそうだ。様々な所にね。これも拷問の一つでね。俺も何度もやったことがあるんだが…… まぁいい」
 シャルは真面目な顔をしたまま、講釈を続けた。その表情はいやらしいものではなく、真面目一辺倒である。
 「さ、神が与えた穴とは何か?」
 シャルは指し棒で、少女のシャルを睨みつける目の下を指し「1、2」。鼻の穴を指して「3、4」。ふっくらとした可愛らしい口を指して「5」。両方の耳の穴を指して「6、7」。そして、大きく膨らんだ乳房の先、乳首を指し棒で弾く「ひゃうっ!?」と少女は可愛らしい声を出すが、シャルは淡々と「8、9」。指し棒は少女の腹の上を伝って―彼女は声を出さない様に必死にこらえ、顔を赤くしている―、陰核を叩いくと「!?」と少女は悲鳴もあげられず、「10」。そして、指し棒で少女の尻を叩いて「11」。
 「そして、最後に――――12」
 シャルは彼女の女性器に指で軽く触れてやる。
 「!!!?」
 その衝撃に耐えきれず、少女は気を失ってしまった。
 「うぅん…… 薬が強すぎたか? おーい、大丈夫か?」
 シャルは彼女の頬を軽く叩いてやると、彼女は目を覚ました。
 「な、なん…なの、これ………」
 「子爵の命令でね。ちょっと妖しい薬を飲んでもらった。あと、塗ったくった。恨むなら子爵を恨みなよ?」
 少女の疑問に淡々と答えるシャルは、指をパチンと鳴らした。そして、「さ、続けようか? 君の理性が焼けるまで」と呟き――――

 「どうかね…? かんせ…… おや、ダンリーの三男、どうかしたのか!?」
 あれから丸一日ぐらい経った頃、地下牢に顔を出した子爵は、廊下で眠りこけているレオを見て驚きの声をあげた。
 「あぁ、子爵か… そいつはいい。寝てるだけだ。気にしないでほしい」
 地下牢に備え付けられた簡易のベットの上で、シャルは自前のパイプ煙草をくゆらせていた。
 「そ、そうかね…? それで、完成したのか?」
 子爵は鎖で繋がれて吊るし上げられたままグッタリしている少女の方を見て尋ねた。
 「いや、失敗だ。死んじゃいないが、頭の中は焼き切れてるんじゃないか? いずれにせよ、慰安婦としても家政婦としても使い物にならない」
 「まったく、腕のいい拷問官がいると聞いたのに、この体たらくとは…!」
 「いやぁ、申し訳ない。まぁ、これも実験の過程の一つという事で…」
 「ふんっ!」
 「で、ですね。悪いんですが、支払いの方をお願いしたいんです」
 「何ィ? 失敗しました。でも金は戴くというわけか!! これだから、貴様ら移民は…!」
 忌々しげに子爵が吐き捨てる。その言葉にシャルの表情が凍った。だが、それも一瞬だけ。子爵には気取られない様に、いつもの調子で話を続けた。
 「まぁ、私としても失敗して料金を頂くと言うのは流石にアレなので。この少女をいただいても構いませんか?」
 「何?」
 「先ほども申しました通り、この娘は慰安婦としても家政婦としても使い物にはなりません。あとは殺して処分するだけなのですが… それならいっそ私に譲ってはもらえませんか?」
 「……ふんっ! そんなもの、何の役に立つと言うのだっ!」
 「そうですね… 例えば、頭を切り開いて、生きてるまま脳をスプーンですくってみる、とか?」
 「!?」
 シャルの一言で子爵は身震いを起こした。そして、目の前にいる男が本物の悪魔なのではないかと思うだけで、足が竦む。
 「好きにしろっ!!」
 子爵はそれだけ言い残すと、早足で牢屋を出て行った。その際に廊下で眠っていたレオの鼻を(偶然)蹴りつけて行った。
 「ふごっ!? 痛いっ!! 貴族的に超痛い! 死ぬ!! シャル、医者! 医者を呼べ!! 貴族的に医者がぁぁぁ!!」
 シャルは騒ぐレオを無視して、少女の手枷を外してやると、少女はそのまま自分が垂れ流した体液の水たまりに倒れた。そして、彼女の身体を綺麗に拭いてやると布をかぶせてから背負い、帰宅した。

 「痛いって! 貴族の鼻、デリケート! もっと優しく扱ってくれ!! 貴族的に!!」
 何かにつけて貴族貴族というレオに呆れたのだろうか、シャルは彼の鼻に乱暴にバッテンの湿布を貼ってやった。
 「あー、痛かった…… もっと丁寧に扱え!」
 鼻をふさがれているので当然なのだが、レオの言葉は呂律が回っていない。だが、シャルはそんな事を無視した。
 「レオ。あの子爵は『片翼の天使』に加担している。王政が転覆する恐れがあるぜ? あれでも貴族だからな」
 「ふーん、それでも俺にはあんまりカンケーないし? 貴族的に」
 シャルはレオの頭の悪さ加減に呆れてモノも言えなかった。だが、ため息一つの間を置いて言葉を繋げる。
 「王政が転覆すると言う事は、ひいてはお前は無職のニートになって、貴族制も瓦解するぞ」
 「何ィィィィィィィ!! それは大変だっ!! すぐに手配をしないと、貴族的に困る」
 まぁ、貴族的に困るだろうな。
 レオは慌ててシャルの家から飛び出そうとした。しかし、ドアに手をかけて振り返った。その表情は今までのバカな顔ではなく、珍しく真面目だった。
 「……ニートって何だ?」
 「気にするな。未来からの啓示だ」
 「そうか? ならいいや。それよりもダッシュ!!」
 あわただしくレオが部屋から出て行った。
 「ふぅ… 静かになったか。さて、と」
 シャルは立ち上がり、寝室に向かった。そこで眠っていたのは、先ほど連れ帰った少女だった。シャルの古着を着せられており、胸元は大きく開いて、白い透き通るような足がすらりと伸びている。目は虚ろで何を見ているのか、何かが見えているのか、焦点が合わない様子だ。
 「……」
 そんな少女を見下ろしながら、シャルは彼女の口に粉末状の薬を飲ませてやった。
 ほどなくして、彼女は目を大きく見開くと涙を浮かべた。そしてガバッと起き上がると、「ケホッケホッ」と咳き込んだ。
 「おっと、大丈夫か? まぁ、これでも飲みなよ」
 そう言ってシャルは少女に水を与えると、彼女は両手を使って一生懸命水を飲んだ。一気に飲み終えると、一息。
 「気分はどうだい?」
 「………」
 言われて少女はキョトンとしたが、無表情のまま首を横に振った。
 「そうか。それじゃあ、しばらく寝ていろ」
 シャルは少女を再びベットに寝かせると、部屋のランプを消した。
 「おやすみ。マーガレット」
 そして部屋を後にした。

 数日後、シャルは処刑広場の真ん中に立っていた。その隣では、手錠をかけられて、逃げる事が出来なくなった子爵の姿があった。 
 「よっ、元子爵」
 「貴様っ!! 何のマネだっ!! ワシは―――」
 「子爵だろ? 元。運がなかったな」
 「おのれぇ…… 貴様があの三男が信用できると―――」
 憎憎しげに歯がみする子爵。
 「あぁ、少なくとも『俺は』信用していると言った。それだけだ」
 「ぐぎぎぎぎ…… この恨みは忘れぬぞ……」
 「そうかい? あぁ、そうそう。こっちも申し訳ないからね。格安で首を刎ねてやるけど、どうする? 今日の役人、新人らしくてガタガタ震えてたし、斬首用の剣は錆び錆で痛いと思うけど?」
 元子爵は身を焼かれるような思いだった。どうせ死ぬなら楽に逝きたい。だが、その相手はシャル。
 「わかった…… 頼む……」
 だが、やはりわが身が可愛い元子爵は項垂れる。
 「まいどあり。マーガレット、こっちにおいで」
 シャルに呼ばれてやってきた少女の姿を見た元子爵は目を見開いた。
 「そいつは、あの時の!?」
 「そ、早速実験させてもらったよ子爵。いやぁ、実証出来て良かった良かった。死なない程度に理性も本能も吹き飛ばすってのは難しくてさぁ。なかなか手に入らないんだよね」
 朗らかに笑うシャルに元子爵は心の底から彼が悪魔に見えた。
 「さ、マーガレット、挨拶しな。これが君をこんな目に合わせた張本人だ」
 マーガレットは自分のスカートのすそを掴んで、ちょこんと頭を下げた。
 「よかったな、元子爵。こんな可愛い娘に首を刎ねられてさ。ははっ!」
 「何!? 聞いてないぞ!? そんな話は!!!」
 「そうかい? 何も俺が刎ねるなんて事言ってないし? まぁ、いいじゃないか。あぁ、そうだ! 元子爵、特別に無料でやってやるよ」
 シャルは笑いながら麻袋を元子爵の顔にかけて、その口についている紐を思いっきり締めた。「ぐぇ…」と元子爵がカエルが潰された時のような声を出し、ぐったりしていた。
 「さてと、マーガレット。フランス史に残る斬首だ。初めて女性が斬首の役目を仰せつかるんだからね」
 ぐったりとして動かない元子爵を置いておいて、彼はマーガレットに斧を手渡すと、元子爵の身体を抑えつけた。そして、元子爵の耳元で何かを呟く。
 「――――!!!!」
 刹那、振り下ろされた斧は、元子爵の首ではなく肩のあたりを切りつけた。
 それから、何度も何度も――――
 元子爵は出血多量で死んだ。
 「気は晴れたかい? マーガレット」
 斬首を終えたマーガレットにシャルは問いかける。
 「……」
 マーガレットは、それまでずっと無表情だったのだが、一瞬だけ笑顔を見せた。

 つづく

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