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2010-11-03

【短編】天使の落し物

ある日、男の人は道を歩いていました。
 道の途中、一人の女の子が地面に座って泣いていました。
 しかし、道を行く人は誰一人、女の子を見もせずに通り過ぎて行きました。
 最初、男の人も女の子を見て見ぬフリをして行こうとしましたが、女の子は男の人の服を掴んで離しません。
 仕方がなく男の人は女の子に話しかけました。
 「どうした…の?」
 しゃがんだ男の人は女の子に聞きました。
 「『天使の輪』を無くしちゃったの」
 「『天使の輪』?」
 男の人は聞きました。
 「あのね、『天使の輪』が無いと天国に入れなくなっちゃうの…」
 目に涙を浮かべながら、女の子は言いました。
 暫く考えた後に、男の人は言いました。
 「わかった。僕も一緒に探してあげるよ。だから泣かないで」
 男の人は女の子に手を差し伸べました。
 女の子は嬉しそうに男の人の手をとって立ち上がりました。

 男の人と女の子は、手を繋いで歩いていました。
 少し歩いた頃に、女の子がいいました。
 「夕方までに見つけないと、私、帰れない」
 男の人は、とても吃驚しました。
 なぜなら、今は一時だからです。もう、時間がありません。
 慌てた男の人は、女の子の手を握り締めて走り出しました。
 「ところで『天使の輪』って、どこにあるの?」
 走りながら男の人は、女の子に聞きました。
 女の子は、少し困った顔をして
 「わかんないの」
 と、言いました。
 男の人は、また吃驚しました。
 
 本当に困ってしまった男の人と女の子は、図書館に行きました。
 図書館なら、なんでもわかると思ったからです。
 残り少ない時間の中で、男の人と女の子は、『天使の輪』についての本を探しました。
 夕方が近くなった頃に、ようやくわかったのです。
 「『天使の輪』は、優しい人の心の中にある」
 とても重たそうな本を片手に持って、男の人は言いました。
 言った後で、男の人は、とても困ってしまいました。
 今から『優しい人』を探すのは大変だからです。
 しかし、女の子は男の人の顔を見てクスクスと笑っていました。
 「笑い事じゃないよ。今から『優しい人』を探し出すのは、とても大変なんだよ?」
 少し怒った男の人は、女の子に言いました。
 それでも、女の子はクスクスと笑い続けます。
 少し不思議に思った男の人は女の子に聞きました。
 「どうして、笑ってるの?」
 女の子は、笑ったまま答えました。
 「だって、『天使の輪』を見つけたんだもの」
 女の子は、男の人を指差して言いました。
 「ぼ、僕?」
 男の人が、自分の事を指差した時、男の人の胸の前に金色に光る輪が現われました。
 男の人は、それを手に取ると、『天使の輪』を、女の子に手渡しました。
 女の子は、『天使の輪』を受け取ると自分の頭の上に浮かべました。
 すると、女の子の背中に大きな大きな羽根が現われました。
 女の子は、天使のようでした。
 「ありがとう。これで天国に帰れるよ」
 本当に嬉しそうに笑って、頭を下げました。
 その後、自分の羽根を一枚抜くと、男の人に手渡しました。
 「これは?」
 男の人は、女の子に聞きました。
 「その羽根は、『天使の羽根』といいます。持っているだけで幸せになれる不思議な羽根なんですよ。私は貴方に幸せになってほしいのです。だから、貴方にこの羽根をあげます」
 女の子は笑いました。男の人も笑いました。
 そうして、女の子は羽ばたいて天へと昇っていきました。
 そうして、男の人は図書館から出て道を歩きはじめました。
 
 道の途中で、女の子が泣いていました。
 今度は、見て見ぬフリをしないで話しかけました。
 「どうしたの? 何で泣いてるの? この『天使の羽根』をあげるから泣かないで」
 男の人は、女の子に笑ってみせました。
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2010-11-03

もうわけがわからん。

 昔、昔、なんでも出すレストランがありました。
 注文を受ければ、全ての食材が揃っている倉庫から食材をひっぱり出して、料理して出していました。
 ある日、自分勝手な王子様がお店にやってきて、こう言いました。
 「ボクは、人間が食べてみたい。なんでも、だせるんだろ?」
 注文を受けたウェイトレスは、困りました。そこに、厨房から現われたコック長さんが
 「残さず食べれますか? ならば、用意しましょう」
 と、いいました。それでも、王子様は「出せよ」と言っていました。
 コック長さんは、無言のまま厨房へ帰って行きました。
 「コック長! どうするんですか! 自殺志願者なんていませんよ?」
 一人の若いコックさんが叫ぶ。それを見たコック長は、右足で若いコックさんの顔を思いっきり蹴飛ばした。
 「これで、蹴り納めか…」
 ポツリと、言葉をこぼしたコック長は、厨房の奥に消えた…
 少ししてから、コック長が現われた。その手には、斧が握られていた。
 コック長は、白いズボンを包丁で膝から下を切り落とした。靴を脱ぎ、素足をまな板に乗せた。切ったズボンで太ももを強く縛ると、一つの深呼吸をした。
 そして、ゆっくりと斧を振り上げて…
 
 「お待たせしました。シェフの足の姿焼きです」
 ウェイトレスが、王子様の席に運んだのは、コック長の足だった。
 自分の足を切り、気絶しそうなぐらいの激痛に耐えて作った料理。
 「ひ、ひやぁぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁ!」
 王子様は、それを見て失禁しました。
 「どうぞ、お召し上がりください。シェフは、人間を焼いた時の異臭を抑え、尚且つ美味しく食べれるように調理しました。さぁ!」
 ウェイトレスが、詰め寄ると王子様は泣き出し、そして、店から出て行こうとしました。しかし、それを許さなかったのは、コック長ではなく、若いシェフたちでした。
 若いコックたちは、王子様を捕まえて無理やりに食べさせました。
 ようやく、食事を終えた王子はお城へ帰って行きました。
 それを見届けた、コック長は亡くなりました。
 終わり
2010-06-01

一行の物語

目を開けると、そこにはティラノサウルスがいた。

いつまで、全裸でいればいいのだろう?

軍曹は、もうトイレには行けない。

飛べ!風呂桶!

犬が象に追いかけられている。

奈良の大仏、キリストを敬う。

人に気を使いすぎた男は、自分に使う気を残していなかった。

校長と教頭の放課後…

警察に追われるFBI

時速60キロで近づいてくる、足の裏…

空を行く、魚

アイスとカキ氷で悩む専務

躍起になって探した、土竜

25時に腕立て


長いトンネルを抜けると、そこには一面の銀世界が広がっていた。

長いトンネルを抜けると、そこには世界最大の一枚岩があった。

長いトンネルを抜けると、そこには国道23号線だった。

三時間寝たあとに、三時間の逆立ち

憧れの職業は、地味
2009-12-08

【短編】硝煙と紫煙と

 彼に会うのは10年ぶりになる。
 久しぶりに聞く彼の声は、10年前よりも深く渋いものになっていた。
 ――会わないか?
 けれど、10年前と何一つ変わらない用件だけの電話に、私は胸をなでおろした。
 スラム街にあるボロアパートの一室。持ち物が少ない彼の部屋は、最初から置かれているような、今にも崩れそうな机と安っぽ椅子が2脚。
 「部屋に何もないのはいいけど、せめて主人ぐらいは置いておけよな」
 誰もいない部屋に、私は小さく愚痴をこぼした。
 ゆっくりと椅子に腰かけると、机の上にあった煙草の箱が目に止まった。
 「アイツ、また煙草なんか……」
 昔から愛用していたラッキーストライクのパッケージ。否応なしに思い出させるのは、彼が私の前から去るキッカケになった事件だった。
 「なんだ、もう来てたのか。相変らず、時間にはタイトな女だな」
 私が事件を思いだそうとした時、部屋に主が戻ってきた。つい1週間前に会ったばかりを思わせるほどフランクな彼の言葉に、私はため息をつきつつも口端はつりあがっていた。
 「アンタがルーズなだけよ。そんな調子で出来るんなら、案外安っぽい仕事ね。殺し屋ってのは……」
 「冗談。俺は仕事はいつでもタイトだぜ? 特殊任務課の部隊長さん」
 言って、彼もニヤリと笑った。
 「よっこらせ……っと。しかし、お前も偉くなったもんだよな。28で部隊長って言えばエリートコースまっしぐらだろ」
 彼は自分の席に座ると、無造作に放り出されていた煙草の箱から1本取り出した。
 「やめな」
 だけど、私は彼の手を取ると、その手から煙草を取り上げて箱に戻してやった。
 「アンタは10年前の事件で肺を漬物にされてるんだろ。残ってる肺を潰してどうすんのよ」
 そんな私の言葉に、彼は自嘲気味に嗤い、再び煙草に手を伸ばした。
 「最近、健康に目覚めてな。無理にストレスを溜めないことにしてるんだよ」
 点火。美味そうに吸い込むと、ゆっくりと上を向いて吐き出した。そして、右側を向いて咳払いを一つ。
 「相変らずのようね」
 「あぁん?」
 10年前と変わらない。煙草の吸い方一つ変わらない。変わったのは、どぶ川の腐ったような目と痩せこけた頬、そして職業。
 「それで、殺し屋さんのアンタが私を呼び出して何のつもり? 自首でもしよっての?」
 「いやいや、まさか。こんな割のいい仕事は他に傭兵ぐらいしかないっての」
 「それじゃ何? 今度が依頼が私を殺せって?」
 私は軽い冗談を飛ばしたつもりだった。けれど、次の瞬間、眉間にピリピリと刺すような殺気を感じた。
 「御明察。依頼はお前を殺す事なんだがな……」
 私の眉間を狙っていたのは、S&W M10【ヘビーバレル】…… 軍で愛用されている拳銃……か。
 「まさかアンタが士官学校時代の拳銃を未だに使っているのに驚きだね」
 「相変らず、鉄の心臓だな」
 彼は呆れたように笑うと、そっと拳銃を下ろした。
 「任務失敗だ。さぁて、どうしたもんかな」
 「依頼者は誰だい?」
 「早速尋問か? 仕事ね……」
 いつも通りの彼の態度に苛立った私は、彼の口にS&W M10【ヘビーバレル】をねじ込んだ。
 「答えな。依頼主は誰だ?」
 「わはっは。わはっははら、しゅうほほひへふへ」
 「……」
 私は口に突き刺していた拳銃を引く抜くと、彼は安堵の表情を見せた。
 「で?」
 「わかってる。依頼主だろ? 俺の肺を漬物にしてくれた、クソ野郎だ」
 彼の言葉に私は唖然とした。気がつけば、私は立ちあがっていた。
 「なんで、そんなヤツの依頼を受けたんだ!?」
 「落ち着け。落ちつけよ。実の所、依頼は受けていない」
 返事は保留している。そうつけ加えると、彼は2本目の煙草に手を伸ばした。私はその手を押さえた。
 「煙草はやめな。 ……はぁ。ったく、依頼を受ける前に失敗。どうするつもりだい?」
 「どうするも、こうするも、断るしかないだろ?」
 そう言って、彼は席を立つと、部屋にある隠し扉を開いた。そこには、軍の払い下げ兵器がいくつも隠されていた。
 「断るにしては、随分とゴキゲンな衣装だね」
 「まぁな」
 手早く荷物をまとめた彼は、「それじゃあ、またな」と言い部屋から出ようとした。だから私はその背に声をかけていた。
 「待ちな!」
 私の声に足をとめた彼は振り返った。それを確認すると、私は机の上にあった煙草の箱を手に取ると、1本だけ抜き取り、残りの煙草は窓から捨てた。そして、空の箱の中に最後の1本を、そっと戻した。
 「帰ってきたら、最後にもう1本だけ吸わせてやるよ」
 そんな私の言葉に、彼は人懐っこい柔和な笑みを覗かせ、「その後、1晩中祝杯でもあげるか?」と言った。
 「甘えんな」
 そっけない私の言葉に、残念そうな表情を見せたが、やはり笑顔は消えることはなかった。

 数日後、彼の部屋には口紅のついた煙草が1人、紫煙を昇らせていた。
 


あとがき

みなさん、こんばんわ。蒼崎真紅です。
先日、短編を久々に公開したので、リハビリを兼ねて短編を書かせてもらったのですが……
すみません、今回は書いただけ。しかも、何を思ったのか一人称。大失敗のヨ・カ・ン☆
何にも考えないで書いたもんだから、しかも一時間って。
というわけで、年内には長編を発表出来ればと思います。
蒼崎真紅でした。
2009-12-07

【短編】世界を救えなかった勇者

 「これで…… 俺達の旅が終わる……」
 手のひらに収まるほどの光り輝く珠を片手に勇者『シャクドウ』は呟いた。
 そこは運命の塔、最上階。天命の間。穢れを知らない純白で覆い尽くされた小部屋は生まれる前の子供のようであり、部屋中を駆け巡る線や記号は設計図のようでもあった。
 そんな天命の間に立つのは六人の勇者たちであった。

 「レオナード」
 「あぁ……」
 シャクドウに答えたのは、金髪の麗人だった。魔法使い『レオナード』。彼は『水の珠』を持って、天命の間の中央にある石板石に歩を進めた。
 思い出されるのは、故郷の街だ。『水の珠』を持ち、とてつもない力を手に入れた魔王によって滅ぼされた水都。皮肉にも水の街が、水の魔王によって滅ぼされた。
 そこに現れたのは、シャクドウと彼に寄りそう少女。きっと彼らがいなければ、やり場のない怒りに身を焦がしていただろう。そして、レオナードがいなければ、水の魔王を凍らせ、倒す事は出来なかっただろう。
 石板石の前に立ったレオナードは、ゆっくりと石板石に『水の珠』をはめ込んだ。
 「みんな、見えているか…… 世界は救われるぞ」
 レオナードは溢れる涙を拭い、石板石に背を向けた。

 「モリーズ」
 「おう!」
 次に動いたのは、岩のような大男だった。戦士『モリーズ』。彼が握るのは『地の珠』だ。
 最初は力試しのつもりだった。頻繁に発生する地震は、洞窟に住む悪霊の仕業だなんて噂が実しやかに囁かれた。血の気の多い町だ、屈強な男たちが揃って洞窟に向かっては、誰一人帰って来なかった。
 本当は怖かった。自分よりも強い男たちが誰も帰って来なかったというのに、突然現れたヒョロヒョロの三人組が「地の魔王を倒しに行く」なんて言い出したなら、年長者たる自分が行かないわけにはいかなかった。
 きっと彼らがいなければ、戦えなかった。けれど、モリーズがいなければ、地の魔王の装甲を打ち崩せなかった。
 モリーズは、しっかりと石板石に『地の珠』をはめ込んだ。
 「うっし!」
 小さくガッツポーズを見せ、笑った。

 「ルア」
 「うん!」
 三人目は華奢な少女だった。盗賊『ルア』。軽々しく宙を舞っているのは『風の珠』だ。
 ちょっとした悪戯心だった。人気のない森の中を歩いている人影に気づいた彼女は、人影が大事そうに抱えていた『風の珠』を盗んでやった。
 人影こそが『風の魔王』。『風の珠』の恩恵を受けずとも、やはり魔王だ。その圧倒的な暴力の前に、命を諦めようとした。
 その時、強い風が吹いた。現れたのは、統制の取れていない四人組。
 あの時、彼らが助けてくれなかったら命はなかっただろう。だけど、ルアの身軽さがなければ、風の魔王を翻弄出来なかった。
 ルアは軽い足取りで石板石の前に来ると、宙に舞っていた『風の珠』を掴み、あっさりとはめ込んだ。
 「あーあ、せっかくのお宝なのになァ……」
 名残惜しそうに珠を見つめていたが、駆け足で戻ってきた。

 「ウォルコット」
 「はっ」
 四人目は若い軍人だった。剣士『ウォルコット』。彼の懐にあるのは『炎の珠』だ。
 事実上の左遷だ。共和国との戦争の最中、次々に戦果を挙げたウォルコットが他の将校にしてみれば疎ましい存在だった。
 ――山に住む魔王より、『炎の珠』を奪ってこい!
 与えられたのは申し訳程度の義勇兵。ろくに訓練されていない農民ばかりだった。
 孤軍奮闘……ではなかった。義勇兵の中に紛れていたのは、謎の凄腕五人組。
 彼らがいなければ、とっくに火山は噴火していただろう。されど、ウォルコットの指揮がなければ『火の魔王』の動きを止める事は出来なかった。
 乱れぬ歩幅で石板石の前に立つと、懐から『火の珠』を出すと、キッチリとはめ込んだ。
 「任務完了!」
 右足を引き、身体を百八十度回転させ、右足を左足に揃える。そして、左足から歩き出した。

 「俺、か……」
 最後はシャクドウだ。彼が手にしているのは、『光の珠』だ。
 あの日、あの時、村に現れたのは銀髪の美しい少女だった。シャクドウの家の前で倒れていた少女名は『リューカ』、十八歳、救世の巫女だ。
 彼女に懇願され、勇者となり村を旅だった。水、地、風、炎…… 四つの珠と四人の仲間を手に入れて、辿りついたのは運命の塔。
 シャクドウはマントを翻して、『光の珠』を掲げた。
 「これで世界の崩壊が止まる…… 天命の魔法陣よ…… 世界を再構築せよ!」
 言って、光の珠をはめようとした瞬間、『光の魔王』の最後の言葉が引っかかった。
 ――世界を救えば絆を失う。そして、貴様らは絆を取り戻す。最悪の形で!
 「シャクドウ?」
 光の珠をはめ込むのを躊躇ったシャクドウに後ろから声が聞こえた。
 「リューカ……」
 リューカは、シャクドウの隣まで歩いてくると、『光の珠』を持った手に自身の手を優しく重ねた。
 「さぁ、世界を……」
 「あぁ……!」
 シャクドウは最後の珠を石板石にはめ込んだ。

 刹那、天命の間は光で覆われた! まるで、世界中の光がこの部屋に集中しているのではないだろうかと思わせるほどのまばゆい光。
 「天命の魔法陣の発動を確認。世界は現状の綻びを修復し続行を。私の命が尽きるまで……」
 勇者たちの耳に届いたのは、そんな言葉だった。感情がまるで籠っていない、人形のような声。
 「リューカ!」
 目を開けてリューカを探そうとするシャクドウだが、まぶしくて目など開けられない。それだけじゃない、六感全てがマヒしてしまったような感覚に陥ってしまう。

 ――ゴメンね、シャクドウ。ありがとう。

 視覚でも、嗅覚でも、味覚でも、触角でも、聴覚でも、魔覚でもない……
 いうなれば、心の繋がり。想いが通じた先に待っていたのは、別れだった。


 六感が奪われ、全てを取り戻した時には目の前の光景はすっかりと変わっていた。運命の塔にいたハズなのに、気がつけば自分の住んでいた村に帰ってきていたのだ。水は透き通り、大地はよく肥え、風は涼やか、火山は鎮座している。
 「は、はははは…… 世界は救われたのか?」
 シャクドウは乾いた笑いしか浮かんでこなかった。
 「ケッサクだ…… 傑作だよ! リューカを犠牲にして世界が救われた!? ちくしょう! ちくしょう!!!」
 彼は咆哮した。

 ○一年後

 「やれやれ…… 考えることは皆さん、同じでしたか」
 レオナードは苦笑気味に言った。
 「まぁな!」
 朗らかにモリーズは笑う。
 「で、みんなはアレ、用意したの?」
 にやにやと笑うのはルアだ。
 「もちろんであります。魔導研究所の総力を持って開発しました」
 緊張気味なのか、ウォルコットは大声だ。
 「どいつもこいつも…… よく集まってくれた」
 運命の塔、天命の間。光溢れるこの部屋に集まったのは、かつての英雄達。
 石板石の真上には十字架に磔にされているリューカの姿があった。
 シャクドウは、そんな彼女の前に立つとマントを翻して高らかに叫んだ!
 「俺たちはかつて、世界を救った英雄と呼ばれた!」
 グッと拳を握り言葉を続ける。
 「だが、世界を救った代償はあまりにも大きかった!」
 振り返り、リューカの姿を仰ぎ見る。その姿は神に祈る使徒のよう。
 「富も名誉もいらぬ! 我々は取り戻すぞ、『絆』を!!」
 シャクドウは石板石から『光の珠』をもぎ取ると、懐から出した『闇の珠』をはめ込んだ。
 それに倣い、レオナードは『水の珠』を『氷の珠』へ。モリーズは『地の珠』を『鋼の珠』へ。ルアは『風の珠』を『雷の珠』へ。ウォルコットは『炎の珠』を『爆の珠』へ。
 「五つの珠は、宝珠と同等以上の力を有している。古文書が正しければ、リューカ様を必要とせずとも『天命の魔法陣』は発動するハズだ」
 レオナードは…… いや、英雄たちは期待に満ちた目でリューカを見上げた。だが、リューカが解放される様子などなかった。それどころか、部屋はたちまち暗くなり、闇に包まれた。
 ――やはり、来てしまったのね。シャクドウ。みんな。
 「そ、その声はリューカか!? どこだ、何処にいるんだ、リューカ!? 暗くてよく見えないぞ」
 ――ごめんなさい、ごめんなさい……
 「泣いているのか、リューカ?」
 ――また、救えなかった。世界も勇者も……っ
 「何を言っているんだ? リューカ」
 ――……
 「リューカ?」
 ――シャクドウ。よく聞いて、あなたが今、手にしている『光の珠』を守って。誰が来ても、決して渡してはダメよ。
 「えっ? あ、あぁ……」
 ――シャクドウ、それは貴方に力を与えるものよ。
 「……あぁ……」
 ――シャクドウ、貴方は世界を救えなかった勇者…… いいえ、世界を滅ぼす魔王になったの。
 「……」
 ――だから、世界を滅ぼすために『光の珠』を守りきって
 「アァ、解ッタ」
 ――それでいい。次代の勇者を育てるために、魔王であり続けて……

 ○十八年後

 剣が彼の胸に突き刺さる。その焼けつくような痛みで、彼は全てを思い出した。自分がかつては勇者と呼ばれた事に……
 自分の胸に剣を突き立てているのは成人もしていなそうな青年。そして、周囲には満身創痍の人間が五人。その中に見慣れた顔があった。
 「ま……っ!?」
 見間違うわけがない。あれほど焦がれた愛しい女性。銀髪の巫女…… リューカ。
 彼は全てを悟った。故に、言った。
 「世界を救えば絆を失う。そして、貴様らは絆を取り戻す。最悪の形で!」
2009-11-17

喫煙所の出会い

 昼食後、大学構内にある喫煙所で煙草を吸うのが彼の日課だ。懐からピーススーパーライトと愛用のオイルライターを取り出すと、トントンと煙草のソフトカバーを叩いた。そこから顔を出した煙草を取り出しくわえると、慣れた手つきでオイルライターの蓋を開け火を点けようとした。
 「あ、あれ?」
 しかし、ライターに火は点かず、いくら回してもガリガリと嫌な音しか聞こえてこなかった。
 「参ったな……」
 彼の亡くなった祖父の持ち物であったオイルライターしか持ち歩かなかった彼に、他の着火器具は持ち合わせてはいなかった。
 仕方がない。そう言わんばかりに頭を掻くと、煙草を箱の中に戻そうとした。その時だ。
 「どうぞ」
 女の声と共に彼の目の前に差し出されたのは、100円で売っているような使い捨てのライターだった。
 「ありがとうございます」
 彼は短く礼を言うと、ライターを受け取り、ようやく紫煙にありつけた。
 肺に紫煙を吸い込みゆっくりと吐き出してから、彼は彼女の方を向いた。
 「ありがとう、助かったよ」
 そう言って、彼は彼女にライターを返した。
 「いえいえ。どういたしまして」
 彼女は彼からライターを受け取ると、煙草を入れてあるのだろうケースの中に仕舞った。
 「私は文学部の神奈晴香。二年生。君は?」
 ケースを鞄の中に入れた彼女――晴香は彼に名前を尋ねてきた。
 「僕は経済学部の水上康介。三年だ」
 
 これが彼――浩輔と晴香の出会いだった。

 別に約束をしているわけではないのだが、いつも昼休みになると康介と晴香は喫煙所で顔を合わせては他愛のない話をしていた。
 大学の話や、バイトの話、友達の話……そして、恋の話。
 この何でもない日常のやりとりは、いつしか康介の中で大きなものになっていた。
 しかし、ある日突然、晴香は彼の前に姿を現さなくなった。
 いや、予兆はあった。晴香の彼氏の話だ。社会人である彼氏が遠くに転勤することになり、康介は彼女から相談を受けた。
 ――自分が後悔しない選択をすればいい――
 軽い気持ちで答えたつもりだった。金色に染めた髪、『ら』抜き言葉を喋り、人との会話の中でもケータイの画面を睨みながらの生返事。だから、きっと彼氏の事も本気ではなかったのだろう。そう思っていたのだが……
 康介のケータイがメールの着信を知らせた。
 「……そっか」
 そっとケータイを閉じ、煙草を一本取り出した。100円ライターで火を点けようとするが、煙草に火は点かなかった。
 「ちくしょう…… 雨で煙草が湿気ってやがるな……」
 今にも泣き出しそうな曇天の空を仰ぎながら、康介は初めて失恋を経験した。

 フリント(火打ち石)の磨耗で火が点かなかったオイルライターが、ようやく修理から戻ってきた翌日。
 いつものように昼食後の一服を愉しんでいると、横から声をかけられた。
 「あ、あの! 私、経営学部3年の支倉恵都(けいと)って言うんですけど、煙草、ご一緒してもいいですか!?」
 晴香と比べれば、かなり地味な女が立っていた。顔を真っ赤にして、何処か必死で。
 「あぁ、いいよ」
 別段、喫煙所が室内にあるわけではないし、すごく混み合っているわけでもないのに、どうして彼女は彼に声をかけたのだろう。
 「そ、それじゃあ、隣、失礼します!」
 恵都はおっかなびっくりに康介の隣に座ると、おどおどした手付きで新品のピーススーパーライトの封を切った。そして、ちょこんと煙草を一本くわえると、不慣れな手付きで100円ライターで火を点けようとしていた。
 「あ、あれ? おかしいな……」
 だけど、恵都のライターはまったく火が点かずにいた。それもそのはずだ。火打ちで火花を散らした後にガスの栓を開かなければ火は点きはしない。
 見かねた康介は、自身のオイルライターで火を点けると彼女へ差し出した。
 「あ、ありがとうございます……」
 彼女はゆっくりと煙草の先を火に近づけると、ゆっくりと息を吸った。
 「け、けほっ。けほけほ……」
 紫煙を吸い込んだ途端、彼女はむせ返ってしまった。
 康介は、そんな彼女の仕草を見て、ふっと笑った。
 「支倉さん、だっけ?」
 「えっ? あ、はい」
 「よかったら、一緒に禁煙でもしないか?」
 


あとがき

はい、ごめんなさい。すみませんでした。
何も考えずに書きました。
煙草を吸っていて、思いついただけです。
久しぶりなので、けっこう手間取っちゃいました。てへ☆
2009-05-24

短編小説『シンデレラ』

 建国より1000年もの歴史を持つ王国オーデルランド。時には愚王を輩出する事もあったが、王国史に名前を残した賢王もまた多く輩出していた。しかし、奇しくも賢王の後に愚王が生まれる確率が多く、歴代の賢王は教育を熱心に行った結果、抑圧された次期王の心を歪めてしまったのも王国史の史実である。
 さて、1000年の歴史を持つ王国となると、戦争やクーデターも幾度となく起こり得る。そんな中で、城が直接被害に合う… 具体的に言ってしまえば、城が燃えるという事実は過去に7度起きている。
 「そして、その王国史レコードが塗り変わる8度目のオーデルランド城炎上なんですが… って、姫! 聞いていますか!?」
 「えぇ、聞いていますわ。ですから、私自ら反逆者を叩きのめそうと準備しているのですわ」
 燃えるオーデルランド城。その一室のある武器庫で一組の男女のペアが居た。純白のドレスに王家に伝わるティアラ、高貴な印象を持つ衣装でさえも掠れてしまう程美しいのは、それらを身にまとっている金髪の麗人だった。彼女はオーデルランド王国王位継承権第二位に位置する賢王マーグの娘であるクーリエ。その傍に立っている、同じく金髪の男トーヤ。王位継承権第一位でマーグの長男トル王子が突如起こしたクーデターから命からがら逃げ出してきたのだ。
 「姫! おやめください! あまりにも数が違いすぎます! いくら姫の剣の腕が立つとは言え、彼我の戦力差はどうしたって埋まりません!」
 「あら、やってみたいとわからないじゃない。あ、コレ、はい、トーヤ」
 言ってクーリエ姫はトーヤに剣を一本寄越した。
 「トーヤが剣が振るえないのは知っているけど、やっぱりね。我慢してね」
 「あ、はぁ… ありがとうございます…?」
 「…トーヤ、とりあえずフォークは手放しなさい。食事中だったのは判っているけど」
 「えっ? あ、あははは…」
 トーヤは持っていた銀色のフォークを何故か姫に手渡した。それと引き換えと言わんばかりに、クーリエはトーヤに剣を渡した。
 「もう。これが終わったら食事にしましょ。たまには一緒に食事なんて、どう?」
 「そ、そそそそ、そんな滅相もない」
 「あははは! そ、そそそそ、それじゃあ、行きましょうか! 城内にはいくつか隠し通路がありますわ」
 「いや、ま、それは…」
 「私、知ってるのよ? トーヤがいっつも訓練の時間になったら逃げ回っているって。その時、隠し通路の事も知ったんでしょ?」
 「あ、あはは… すみません」
 「本当は色々大変な事になっちゃうけど、この際だから許してあげる。だから逃げましょう」
 「えぇ、それはいいですが… 姫、さっきまで戦うとか言ってませんでした?」
 「時間の流れって残酷よねぇ~」
 「…」
 「さ、行きましょう!」
 そうして、火の手が回ってきた武器庫を後にした二人。
 入り組む廊下を突き進み、ただひたすらに隠し通路の入り口を目指す二人。
 「!」
 「しまった! 見つかったか!!」
 不用意に廊下から飛び出してしまった。その結果、敵兵に姿を見られてしまった。
 「くそっ、こうなったら!!」
 剣の才能が皆無なら努力で基本ぐらいは出来るぐらいにしておけッ!!と訓練教官に怒鳴られた事があるトーヤ。その彼が今、剣を構えている。
 「トーヤ! あなた、まさか… 実は剣の達人で、目立たないように下手なフリをしていたの!?」
 トーヤが剣を構えた姿は独特なものだった。まるで……
 「必殺! とりゃあ!!」
 トーヤは掛け声と共に大きく…馬鹿みたいに大きく剣を振り上げると、それをそのまま…
 「投げたっ!?」
 クーリエ姫は驚愕の声を上げる。投擲された剣は、まっすぐに飛び、敵兵の一人の眉間に刺さる!!
 「なんか騙せなかった… というか本当に刺さるとは思わなかった、猫騙し!」
 トーヤは回れ右。目の前にはクーリエ姫。
 「姫、失礼します。三十六計逃げるにしかず!!」
 トーヤはクーリエ姫の手を取ると、そのまま駆け出したっ!
 「ちょ、ちょっとぉ!?」
 「逃げるのが先決ですっ! っ!?」
 講義の声を上げる姫を他所にトーヤは走っていたが、次の瞬間には足を止めていた。
 「しまったっ! 挟まれた!」
 トーヤ達の進行方向の先で別の敵部隊と鉢合わせになってしまった。前方に新手、後方に追手。
 「万事休すか…」
 絶望の血が滲みそうな声でトーヤは呟いた。その時!
 「まだよっ!」
 一陣の風が吹いた。トーヤの脇を何かが駆け抜けた。冷涼な凛とした風、それを追う熱い炎。風は一瞬で新手を殲滅していた。
 「ひ、ひめ…」
 「追手が来るわよ! これをっ!!」
 風…クーリエ姫は敵の持っていたカタナと呼ばれる東洋に伝わる剣をトーヤに投げて寄越した。
 「行くぞォ!!」
 今にも散ってしまいそうな東の花の桜のような可憐さを持った美しい姫は、今は内に秘めたる熱い心を解き放った業火の如く猛々しい美しさを持っていた。
 「き、れいだ…」
 トーヤは無意識に呟いていた。
 正面から切りかかってくる敵をなぎ払い、転びそうになるその敵の襟首を掴むと、切りかかってきた二人の内一人に向けて盾にする。剣を持った手で敵を切りつけると、舞い踊るが如く美しいターンを見せ、もう一人も切り捨てる。更にもう一回転。勢いのまま絶命した『盾』を最後の一人に投げつけ、押し倒し、その眉間に一閃。
 「強すぎる… !」
 突き立てた剣を引き抜き、黄金のような金色の髪をなびかせ彼女は振り向く。
 「!?」
 その目の前に、最後の力を振り絞った敵の一人が猛然と斬りかかってきた。突然の事に驚き身動きが出来ないクーリエ姫。
 「がはぁ!」
 もうダメだ、そう思い目を閉じたが予想した衝撃は未だに来なかった。ゆっくりと目を開くと、そこには切先に血のついたカタナを持ったトーヤが立っていた。
 「大丈夫ですか、姫…」
 「え、えぇ。大丈夫。ありがとう、トーヤ」
 「! あ、いや、その… どういたしまして」
 「それじゃあ、早く逃げましょう。ふふっ」
 「えっ? あ、はいっ!!」
 二人は剣を持ったまま、剣を持たない手を繋ぎ、その場を後にした。

 「ウェ~ルカ~ム、トゥ、ヘェ~ル。あぁ、まだ地獄じゃないか。ひゃはっ」
 隠し通路の出口で待ち構えていたのは、トル王子だった。下品な笑いを浮かべながら、青色の甲冑を着て体躯に似合わないバカデカい剣を持っていた。
 「お兄様!」「王子!!」
 二人は同時に声を上げていた。
 「おいおい、見せ付けてくれるなよ。俺は最愛の妻を亡くしたばかりだぜぇ?」
 クーデターが起こる一週間前、遠征から帰還した王子を出迎えてくれたのは、物言わぬようになってしまった王子の妻だった。流行り病に伏せてしまったのだ。
 「お兄様! これは一体どうゆうことですか!!」
 「おいおい、クーリエ。見て判らないか? クーデターだよ、クーデター。賢王と呼ばれた親父殿は愚王たる俺の前に倒れ、これより俺による横暴の数々が起こるんだよ! ひゃははははは!」
 「耄碌したか、兄上ッ!!」
 刹那、飛び出したクーリエは目にも留まらぬ速さでトルに切りかかる! しかし、分厚い装甲の甲冑に傷を付けるだけであって、それ以上の効果は期待できなかった。
 「あーあ、親父殿の教育の甲斐なく汚い言葉を使いやがって… 兄らしく注意をしてやらんとな」
 トルは、板と呼ぶには鋭利な、その巨大な剣の面で力の限りクーリエを引っ叩いた。一瞬の間にクーリエは自身の剣を間に挟みワンクッション置いて吹き飛んだおかげで、大怪我には至らなかった。しかし、姫の持つ剣は砕けてしまった。
 「姫っ!!」
 「大丈夫… 私は大丈夫よ、トーヤ」
 とは言いつつも、立ち上がることがやっとという状態だった。
 「…へぇ、そうか。トーヤ、っつたか… とりあえず、死んどけ」
 「!」
 先ほどのような愚鈍な動きではない、確実に相手を… 人間でさえも真っ二つにするような勢いの兇刃。

 金色に光る髪が宙を舞った。

 「トーヤ!!」
 姫の悲痛な叫び。
 「!?」
 そして、トルの声にならない叫び!
 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
 黒いざんぱら髪を揺らし、トーヤはトルの剣を持った手を切りつけた。トーヤは剣が迫る一瞬、腰を抜かして倒れそうになった。その時、出生を誤魔化すために被っていたカツラが宙を舞ってしまったのだ。
 「くっ!」
 しかし、それはかすり傷程度にしかならなかった。
 「キサマ… 東の者か!」
 憎憎しげにトーマを睨み付けるトル。
 「兄上ッ!! 覚悟!!」 
 「!?!?」
 不意に遠くから声を掛けられた。その声に反応し、その方向を向いた瞬間。
 「がああああああ」
 トルの左目に銀色のフォークが突き刺さっていた。
 「トーヤ、逃げるわよっ!!」
 「は、はいっ!」
 トーヤとクーリエ姫は逃げ出していた。その後をトルは追撃できずにいた。

 「はぁはぁはぁ… ここまで来れば安心ね」
 「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」
 森を抜け、城も城下も一望できる小高い山の上に着いていた二人は、ようやく腰を下ろした。そして、足を投げ出して『大』の字になって寝転んだ。
 「ねぇ、トーヤ。あなた、東の人間だったの?」
 「…すみません。黙っていて。こうでもしないと、この土地では生きられなかったんです」
 「そう」
 オーデルランドのみならず、この大陸にいる人間は他の大陸や島に住むような異国人を忌み嫌っていた。過去に何度も戦を仕掛けられ、蹂躙の限りを尽くしていたのだ。それも200年以上も前の話であり、今では交流を持たず話だけが一人歩きしていた。
 「別に責めるつもりはないわ。でも、なんで城に使えようと思ったの?」
 「ただの就職です。人の募集をしていたので…」
 「そうなの」
 「あ、あの! 別に俺はあなた方に危害を加えるつも……」
 慌てて弁明しようとするトーヤの口に姫は人差し指を当てて静止した。
 「わかってるわ。それに長い付き合いだもんね。私はトーヤの事を信頼しているわ」
 「ありがとうございます」
 「あーあ、ドレスがボロボロ。灰もいっぱいついて… これじゃあ、灰被り姫だわ」
 クーリエ姫が着ていた純白のドレスは返り血を浴びて所々赤くなり、スカートはボロボロ、全体には火の中にいたせいか煤けている。
 「灰被り姫、ですか。知ってますか、姫」
 「何?」
 「俺の居た国では、『灰被り姫』というのはシンデレラって呼ばれるんですよ」
 「シンデレラ?」
 「童話です。みすぼらしい格好をした娘が王子に見初められて王妃になるんです」
 「へぇ! それは素敵だわ」
 「えぇ。姫、これからどうしますか?」
 「ここから先に公爵家があったわ。そこへ行きましょう。お父様とは大の仲良しで、あそこであった事を話せば、きっと協力してくれるわ」
 「わかりました。それでは行きましょう!」
 二人は起き上がると再び歩き出した。時折、クーリエはトーヤにくっついてみたり、傍目から見れば、それは仲の良い夫婦のようだった。

 それから二年。
 暴虐の限りを尽くしたトル王は、クーリエを大将に添えた公爵家と貴族の連合により倒された。
 そして新しく即位したクーリエ女王。
 政治経済などの建て直しを行い、その上での更なる発展。だが、それでも彼女が愚王と呼ばれるのは、伴侶に選んだのは悪魔と呼ばれる黒髪の青年だったのは、信じ難い歴史上の事実だ。
2009-05-24

短編小説『一等賞』

自慢ではないが俺はモテる。正直、ウザいぐらいにモテる。
顔の造形は黄金比に沿っているし、背は高い。
勉強が出来るのはデフォルト。全国模試ならいつも十本指に入る。高校卒業後に海外への留学だって決まっている。
運動だって学校の連中に負ける気がしない。特にバスケだ。中学の時には仲間にも恵まれて日本一になったし、高校では弱小チームながらインターハイに出場している。
性格? 明るくて気さく、優しいともっぱらの俺の評価だ。
更にダメ押しとしては、親が金持ちだ。所謂、資産家の家だし。
自慢ではないが俺はモテる。正直、ウザいぐらいにモテる。
そんな俺は、今、恥ずかしいけど、『恋』というものをしている。
17年間生きてきて、一度も恋と言うものをしたことがなかった。だから、いくら告白されようと、思いつめた告白をされようと、告白がブッキングして女の黒い部分を垣間見たとしても、俺には理解できなかったのだ。
だが、今は違う。
俺に告白してきた数多の少女達の気持ちが痛いくらいに判る。
これは… 本当にヤバイな。
しかし、俺は恵まれている。
なぜ? なぜかって? それはな…
まずはカッコ悪いから付き合えないなんてあまりにも残酷なフラれ方はしないだろう。
友達の蒼崎は「気持ち悪い」から付き合えないと言われてフラれていたが、残念ながら俺は爽やかな好青年だ。
頭の悪いヤツとは付き合いたくないわなど言語道断。時の首相の名前や徳川十五代全ての名前はおろか、全ての天皇の名前と天皇が変わるたびに変化する年号を全て言えるのだ。これはチカラの一部にしか過ぎない。
私、お金しか興味がないのなんて言われても大丈夫。資産家の親がいる上に何だったら自分で株だって持っている。
まさにカンペキだ。
しかし、しかしだっ! 問題がある。
それは、俺の想い人がよりにもよって『氷の女王』と呼ばれ、その周りには誰も入る事が許されない不可侵領域『聖域』があるような女だ。
迂闊には近づけないだろう。後ろから方を叩こうものなら問答無用で背負い投げ。手を上げて挨拶しようものなら凍てつくような視線を送られる。あろうことか抱きしめようとすれば情けも容赦もない百烈脚が飛んでくる。…痛かった…
だから、俺は念入りに事を進める。
去年の春にめでたく同じクラスになった俺と『氷の女王』。まずは挨拶から始め、下らない世間話が出来るようにまでなった。
最初こそ冷たかった彼女だが、次第に心を開いていってくれた。というか、ほんの少しだけ扉を開いてくれるようになっただけだ。
日常会話だって、ほらこの通り!
「よっ、今日の化学のテストはどうだった?」
「…問題ない」
あれだけ誰とも口を利きたがらなかった彼女が返事をしてくれる。
「Was yesterday's drama seen?」
「That drama? It was seen only a little.」
英語で聞いても返ってくる。英語で。
そう、俺達はこんなにも打ち解けたのだ!
最早、恐れるものはないっ!
今が好機だっ! 告白をしようっ!

「ずっと先輩が好きでしたっ!」

内に秘めたる熱く滾る想いを抱えて、『氷の女王』を溶かしてやろうと教室を出た瞬間に不覚にも下級生の女の子にぶつかってしまった。
その女の子から一通の手紙を受け取り封を切ると、そこには可愛らしい便箋が二通。一枚は何も書かれていなかったが、もう一枚にはこう書かれていた。
――
ずっと前から先輩が大好きでした。でも、この気持ちに気づくには少し長い時間が掛かってしまいました。
先輩はもう覚えていないでしょうけど、私、小学校も中学校も先輩と同じバスケ部だったんです。
小学校の時は同好会という名前で、男の子も女の子も同じチームでしたね。
私、今でもそうですけど、ちっちゃくて体力もなかったんです。だから一生懸命練習して足手まといにならないように頑張りました。
けど、やっぱり全然ダメで泣きそうになっていたんです。そんな時に声を掛けてくれたのが先輩でした。
その日、みんなが帰った後で一人練習していた時に先輩が声をかけてくれて、練習に付き合ってくれたんです。
「全部なんて欲張りだ。何か一つだけに特化すればいいじゃないか」
あの時、先輩が私に言った言葉、今でも忘れていません。
それでこの間の出来事です。女子バスケ部に入った私が早朝に体育館で練習していた時に先輩が体育館に来たんです。
それで私の3Pシュートを見て、「上手いじゃないか」と言ってくれたのがすごく嬉しかったんです。
嬉しかった。嬉しくて嬉しくて、この気持ちが『恋』だと気づいてしまったのです。
私なんか釣り合うはずもない、そう思って諦めていたんです。けど、やっぱり無理でした。
私は先輩が好き。大好き。
放課後、体育館で待っています。
――
俺は机に肘をついて頭を抱えていた。
「お、重い…」
誠心誠意のラブレターというものが、こんなにも重たいものだとは思いもしなかった…
まさか、俺に告白して玉砕して行った数多の女達はこんなにも重たいものを背負っていたのか?

「や、それはないだろう」
手紙の件を蒼崎に相談していた。コイツは小学校からの付き合いで、バスケを始めた理由も実はコイツだったりする。ちなみにコイツは腰を故障して以来、バスケをしなくなっていた。それはタテマエであり、実際はバスケ部の先輩がダイキライだったからだ。
それはさておき、蒼崎に手紙を見せて今までの女の子の心理状況を聞いてみたのだ。だが、返ってきたのはそっけない答えだった。
「な、なぜ、そう言い切れるんだ?」
俺は思わず聞いてしまっていた。
「僕もいくつもの恋愛を経験してるけど…」
昔からコイツは恋の多い男だった。恋した相手から手酷くフラれ、傷心の蒼崎に優しく声を掛けてくれた女の子に恋し、しかしいざ告白すれば残酷なフラれ方をしていた。蒼崎に告白した女もいたが、正直な話、ものすごく不細工な女だった。そしてそれに見合う性格をしていたのを知ってか知らずか、誠実に断りを入れたが、翌日になればその女は他の男(俺)に気を持ち始めて、「最初から好きじゃなかったの」なんというワケの判らないフラれ方をしている(?)。その後、何度か恋をするのだが、殆どが二つ目の事例に沿ったようなフラれ方をしており、今では立派なオタクとなっている。ついでに現実の女を酷く冷めた目で見ている。
「お前に告白した女の殆どがお前の容姿かバックボーン狙いだろうな」
そんな過去を持つ男はばっさりと言い切った。
「それはつまり…」
「要はお前みたいな『イケメン』ってやつか? イケメンを彼氏にしている自分というステータスが欲しい、お前の持っている金があれば欲しいものをなんでも買ってもらえる、そんな黒いモンを腹に飼ってるような連中だよ」
「そ、そうなのか……」
「一概には言い切れないけどな。だけど…」
「だけど?」
「『ちびっ子』の想いは本物だぜ。僕が保障しよう、この手紙は紛れもなく本物だ」
蒼崎は彼女の事を『ちびっ子』と呼んだ。それは、コイツは彼女の事を知っているという事を示唆している。
「なぁ?」
「ん?」
「蒼崎、お前、この子知ってるの?」
「まぁな」
「へぇ~ ……で、俺は彼女にどうやって答えたらいい?」
蒼崎は泣きつく俺を面倒くさそうにあしらっていたが、「何時の時代も最初から好きあってる男女なんかいねぇよ」と言った。

そして、遂に放課後になってしまった。
学年末試験の前で全てのクラブは活動停止になり、在籍する生徒は家路を急いでいた。
そんな中で俺は体育館に入るか入らないかと一人でウロウロしていた。
いつもここ一番で助けてくれる蒼崎は人が困っている顔を薄ら笑いで見ながら、早々に帰ってしまった。
もう、生徒の通りはなくなり校舎はガランドウになっていた。どう答えるか迷った挙句、どう答えるにせよ早く彼女に会うべきだと思い体育館の入り口に足を掛けた時に不意に校舎の方から女の笑い声が聞こえてきた。
驚き体育館の入り口に身を隠すと、そっと声のするほうに目を向けてみる。
そこには俺にとって信じられない光景が映っていた。
あの『氷の女王』が笑っている。すごく幸せそうに笑っていた。
視線を移すと隣には、万年二位の田渕が一緒にいた。
田渕とは、常に俺の後ろに順位を付けてくる男の名前だ。試験では一位が俺、二位が田渕。校内マラソン大会でも田渕は二位。
ついたあだ名が『万年二位』の男。けれど、あまりにも簡単に手に入っていた『一等賞』が、あまりにも呆気なく取られてしまった。これほど悔しい事があろうか? いや、ない。反語。
俺は遂に見ていられなくなり、体育館の中へと逃げ込んでいた。
「先輩… 来て、くれたんですね…」
そこには彼女が待っていた。
「先輩?」
俺の様子を不思議そうに見ている彼女に、今にも溢れ出しそうな涙を見せないように天井を仰ぐ。
「どうしたんですか、先輩?」
たぶん、彼女は俺を心配そうな目で見上げているのだろう。
「なんでも、ない」
「…先輩… 泣きたいときは泣いてもいいんですよ」
唐突に彼女がそう言った。
「先輩、フラれたんですよね?」
はっとした。どうして、この子はそれを知っているんだ?
「蒼崎先輩に聞いていたんです。だけど、だから玉砕覚悟で告白したんです」
「あ、お、ざき…?」
「最初、蒼崎先輩が私に告白してきたんです。けど、私は断ったんです。私には好きな人がいるって…」
―だったら、俺が全力でバックアップしてやる。だからアイツに告白しろ。それでダメなら、他に好きな人が出来るまで俺と付き合ってくれ―
蒼崎はそう言って彼女と賭けをしていた。
「ねぇ、先輩。お願い… 助けて… 私を蒼崎先輩から守って…」
これは彼女からの心からの願い。
「まだ、あの人を好きでいてもいいから、一等賞でなくてもいいから…… きっといつかは一等賞になるから……」
小さく震える彼女を見下ろしていた俺は………


「はぁ… また、フラれちまったか…」
僕は『ちびっ子』を強く抱きしめるアイツの姿を見下ろしながら、誰にも聞こえずに呟いた。
ここは体育館二階のギャラリー。窓の外に映るアイツの様子を、昔告白した『氷の女王』の幸せそうな姿、騎士に助けを乞う姫の姿を全て見ていた。
アイツも田渕も俺の欲しかった一位をあっさりと持っていってしまう。
―なぁ? 入賞すら出来ないビリの俺はどうしたらいい?―
誰も答えてはくれなかった。
2009-05-24

短編小説『道化師』

とある昼下がり、俺は少し雰囲気のあるカフェの一席で紅茶を飲みながら人を待っていた。
俺が入店してから暫くしてから、小気味良い鐘が来客を知らせる。
客入りがほとんどないカフェに入ってきたのは、俺の『旧友』である貴代だった。
「久しぶりだね、信哉」
俺を名前を呼び彼女の声には、不安や困惑、悲しみ… そして、ほんの一握りの嬉しさが含まれていた。
「4年ぶりだな」
彼女を席に座らせると俺はそう言ってから、店の店長に相応しい初老の男性に俺と同じ紅茶と特製のシフォンケーキを注文した。
「…」
「…」
それからしばしの沈黙があった。
俺はパタンと本を閉じ、そっと机の上に本を置いた。
「久しぶり、だね…」
彼女から二度目の『久しぶり』が出てきた。
「あぁ…」
俺は遠くを見ながら答える。
「元気だった?」
「まぁ、それなりにはな」
「…」
「…」
再び降りてくる沈黙。
カウンターではカチャカチャと紅茶の準備をしている音が聞こえる。
この沈黙は… 紅茶とケーキが来るまでは続くだろう。
俺は昔の事を思い出していた。

俺と貴代、そして真人という俺の親友だった男。この三人は所謂幼馴染だった。
幼稚園、小学校、中学校… 偶然か必然か、高校と大学まで一緒だった。
幼稚園の頃などはもう既に思い出せないぐらい遠い記憶だ。そうだな、覚えているとしたら、幼稚園の階段の踊り場で三人でふざけて遊んでいた時に三人纏めて階段から転げ落ちて、三人とも同じ穴から鼻血を出した。そんなどうしようもなく下らなくて幸せな時代だけだ。
小学生になればいつも三人で居る俺達をからかってきた馬鹿な男子がいたな。「どっちと結婚するんですか?」「結婚式はいつですか?」そんな馬鹿げた質問を繰り返す男子がいた。
あぁ、思い出した。そいつは後に貴代に告白してたっけ。真赤な顔して必死な顔して。それを影から見ていた俺と真人は大笑いして、それが貴代に見つかって仲良くビンタを喰らったなぁ。
中学生になれば、俺達も大人になり始めた。いままでのように三人で居る時間は少なくなっていた。俺は真人とバスケに打ち込んでさ、貴代はバレー部に所属して…
三人で居る時間が少なくなると、急に三人で居た事が恋しくなってくる。いや、真人はどうだか知らないけど、俺は貴代が恋しかったのかもしれない。いや、俺は既に彼女に恋していたのだ。
バスケ部とバレー部はいつも体育館を二つに割って練習してたから、俺達の練習風景は貴代に見られていたんだ。着実に力をつけていく真人といつまでも進歩しない俺。そんな事実が俺を苦しめた事もあった。
俺と真人。二人の力量は明らか。俺が見つめていた貴代の瞳は、真人が映っていた。この時から感づいていた。あぁ、貴代は真人が好きなんだと。
高校生になれば、既に貴代の視界からは俺が消えていた。加えて言うならば、真人の瞳にも女の子としての貴代が映り込み始めていた。
高3になる頃には真人もしっかりと貴代を意識していた。貴代に恋してから何年も彼女を見続けていた俺は今の状況が酷く歯がゆかった。
貴代も真人もどちらかが動けば、今までどおりの関係が崩れる事に気づいていたからだ。
好き合っている二人とそこに横恋慕する俺という無粋な三角関係。俺は決心した。
俺が貴代に告白して、直情的な真人の気持ちを炙り出す。だが、それが間違いだったのかもしれない。
俺は二人を誘い出し、真人の前で貴代に自分の気持ちをぶつけた。そして、真人が触発されたように貴代に告白する。困惑する貴代は、迷った挙句に俺に「ごめんね…」と謝って真人と一緒になる。
予定調和は守られなかった。意外な伏兵によって打ち砕かれたのだ。
「よかったじゃないか、貴代。信哉、お前を大事にしてくれるぜ?」
真人はハッキリとそう言ったのだ。俺は面くらい、貴代は酷く悲しそうな顔をして後に微笑みながら俺の手を取り静かに頷いてくれた。
そのときの貴代の顔は間違いなく微笑んでいたというのに、どうしても俺には泣きじゃくる子供のようにしか見えなかった。
結局、俺と貴代が付き合う事になりステージは大学へと移っていった。

「おまたせいたしました。セイロンティーとシフォンケーキでございます」
言って貴代の前に置かれた紅茶とシフォンケーキ。シフォンケーキは甘みのあるお菓子だから、すっきりした味わいのセイロンが合う。
「では、ごゆっくり…」
店長はそう言うと静かに俺達の席から離れていった。
「わぁ、美味しそう! これ食べてもいいの?」
さっきまでの暗い雰囲気を消し飛ばすような明るい笑顔。
「あぁ、食べろ。ここのケーキは美味いぞ」
「うん、いただきます!」
貴代は頬を綻ばせながらケーキを食べる。昔からそうだった。コイツは甘いモノが好きで、どんなにしょぼくれていても飴玉一個で元気になるようなヤツだった。
「…」
「ん? なんだ?」
気がつくと貴代が俺の顔をまじまじと見ていた。
「やっと笑ったね。左の頬に笑窪が出来てるよ」
はっとして、俺は自分の左頬に触れてみると窪みが出来ていた。 そうか、俺がコイツを知っている分、コイツも俺を知っているのだ。
そう思えた時、俺の心を縛っていた鎖の一つが砕けたような気がした。
貴代はあっと言う間にケーキを平らげてしまった。そして、今は紅茶を楽しんでいる。
かちゃりとカップをソーサーに置くと、貴代は真直ぐに俺を見つめていた。俺も口に運んでいたカップを置き彼女を見据える。
「…ごめんなさい…」
彼女は深く頭を下げていた。
「…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…」
繰り返し謝る貴代。もう最後の方は嗚咽に紛れてしまい聞き取れなかった。

予定調和を崩されて、棚から牡丹餅のような状況で貴代と付き合う事になった俺。
大学生になると三人の輪から真人が離れていった。アイツなりの気の使い方だったのだろう。
時折、キャンパスで真人と出会う事はあってもほんの少しの世間話で終わる程疎遠になってしまった。
それは、俺が盲目になっていたからだと思う。絶対に手に入らない花を手に入れられた事実が貴代のあの微笑さえもかき消してしまった。
だから、俺はこの時には気づかなかったんだ。密かな真人と貴代のアイコンタクトに。
三回生になろうかという時期に事件が起こった。それはあまりにも突然な出来事だったのだ。
貴代の誕生日にこっそりと彼女を脅かしてやろうと思って彼女の部屋に行くと、そこに居たのは裸の男女。
真人と貴代の姿だった。まさか、あの部屋に真人が来ていたなんて…
「馬鹿らしい道化役が似合い、か…」
俺は二人のため息を背中にバタンと扉を閉めた。手に握る温泉旅行のチケットを破り捨て、俺は街から去っていった。
…彼女と会うのはあれ以来になる。4年ぶりだ。

彼女の涙ながらの謝罪を黙って聞き続けた。腕を組み俯き瞳を閉じて…
謝罪は既に泣き声になっていた。ボロボロと泣き続ける貴代。
「なぁ、貴代…」
俺は彼女に聞いていた。
「お前…」
あれから時間が経って冷静な頭で考えて、ずっと聞きたかった答え。
「今…」
許すも何もない。許しを請うのは本来俺なんだ。本当は入り込む余地がない俺が無理やり押し入り、歪を生み出してしまった。それが彼女を苦しめていたのだ。
けれど彼女は俺に許しを請う。だから、俺は一つだけ聞いたんだ。
「今、幸せか?」
と。
「うん、私、今、とっても幸せだよ」
涙でボロボロで酷い顔になっていたというのに、貴代の顔は溢れんばかりの幸せに包まれていた。
「そうか…」
多分、俺は笑っているんだろう。4年間出来なかった自然な笑みがこぼれているだろう。
ようやく、高校時代に企てていた予定調和が出来上がった。
そっと立ち上がり、財布から一万円を抜き取りカウンターに置いて店を出た。
店を出ると日差しが傾き、茜色に染まる空と希望に満ちた桜のコントラストが綺麗に写っていた。
そんな景色の中、静かに歩を進める俺。
「待って!」
追いかけてきたのは貴代だった。
「ねぇ、待って!」
そんな彼女の声に俺は足を止めた。そしてゆっくりと振り返る。
「また三人でいましょうよ。そしたら、もっと楽しくなるから!」
俺は彼女の提案に静かに首を振った。
「それは無理だな。俺には俺の生活がある」
「…そう、だよね…」
「それじゃあ」
言って再び歩き出そうとした。けど、その足を止めた。そして、もう一度だけ彼女のほうに向き直ると、唇を奪っていた。
俺は目を閉じていたけど、きっと貴代は驚きで目を見開いているだろう。そして、多分、もうすぐ来るぞ。
ばちんっ!と乾いた音。貴代の掌が俺の左の頬にビンタをくらわせていた。
「な、な、な、な、なにするのよっ!」
右手で自分の唇を隠しながら、夕焼けのせいか照れのせいか真赤な顔をしながら言った。
「さぁ、なんでだろうな…」
今度こそ踵を返して歩き出した。
「強いて言うなら、馬鹿らしい道化役の未練、ってトコかな」
誰かに聞かれるわけでもなくそう呟いた。
2009-05-24

短編小説『想いの病』

昔からカンはいいほうだった。いや、カンというよりも察しがいいのだろう。
だから、俺はこの瞬簡に俺たち三人の関係を悟った。
『三角関係』
安っぽい下世話な話だが、今の俺たちにはわかり易い関係だった。
そして、不幸にも気づいているのは俺だけだった。
だったら、俺は…

なんてことはない、遡る事十分前。
俺は図書室に篭っているアイツを置いて下校しようとしていた。
放課後になって図書室に行くのが俺たち二人の日課だった。
暫く俺は黙って本を読んでいる。きりのいい所で本を閉じて書架に返す。
それから、「帰ろうぜ?」と言うのが俺の日常で、「うん、わかったよ」あるいは「ごめん、もう少しかかる」というのがアイツの日常だ。
答えが前者なら、一緒に帰って、途中で遊んでみたりする。
けれど、答えが後者なら今日のように一人で下校する事になるんだ。
『いつも通り』の歯車は、今日少しだけ狂った。
校門前にいる少女。俺は彼女に目を奪われていた。
ありふれた言葉だけど、人間、感情が動けば思考が回るわけがない。俺は彼女を見たときに『すごく綺麗だ』と思った。
なんというか… 今時、白いワンピースに麦わら帽子ってもどうかと思うのだが、彼女の綺麗な顔立ちや肌の白さや、そして現実感のない… そんな姿に捕らわれていた。
ナンパなどするものか、なんて無駄な誓いはあっけなく破棄されて俺は彼女に声をかけていた。
「どうしたの?」
俺が声をかけると、酷く驚いたような顔をしたが、すぐに表情を取り戻して
「人を待ってるんです」
と答えた。
直感だ。直感で待っている相手が男だと確信していた。
「その人の名前、わかる?」
「えぇ… 彼は…」
アイツだった。

「久しぶり… 元気だった?」
俺は彼女を図書室に連れて行き、二人は数ヶ月ぶりに再会した。
「どうしたの!? 病院は?」
アイツは驚きと動揺を必死に隠しながら彼女に尋ねる。
「昨日、退院できたの… もう、時間がないから…」

二人は幼馴染で十年以上の付き合いがあった。
病弱な彼女の隣にいたのはアイツで、彼女が初めての発作で倒れた時もアイツが助けたそうだ。
彼女は入退院を繰り返し、出てくるたびにアイツは彼女に連れ添った。
いつかしか彼女はアイツに想いを寄せ始める。けれど、アイツは知ってか知らずか、黙って彼女の傍に居続けた。
ほら、出来ただろ? あまりにも簡単な三角関係。
タイムリミットがあまりに早い、物語の始まりだ。

俺は彼女を誘っては半ば無理やりデートをしていた。
けれど、そのデートには必ず保護者(アイツ)が付きまとう。
そんな事を続けていた。
そうして訪れた最期の時。
彼女は発作で遂に倒れて病院に搬送された。俺は急いで彼女の元に駆けつけた。けれど、先客がそこには居た。
「……約束だよ? 絶対、約束だよ…?」
「…うん… わかった。判ったから…」
静かに彼女が瞳を閉じた。
発作の症状が治まって、彼女はアイツと何かを約束すると静かに寝息を立て始めた。

「…くそぅ… なんで、なんでだよ…」
アイツは一人病院を抜け出すと、病院の影で一人涙を流していた。
…アイツがいつも図書室で医学書関連のものを読み漁っていたのは、そうゆうことだったのか…
医者になるには手遅れ、だったら彼女の病気をピンポイントに、か…
俺はアイツに声をかけられず、踵を返していた。

俺は毎日彼女の病室に顔を出しては、ずっと話をしていた。
俺の気持ちを知らず、俺は気持ちを殺し、アイツの事を話していた。
皮肉なもので、女って生き物は好きなものの話しをしている時が一番輝くんだ…
そうして、一ヶ月の時が過ぎた。
ある日、彼女は病院から抜け出していた。
驚いたが、然程は驚かなかった。
病室にあるカレンダーに今日の日付に赤丸があった。
発作で倒れた時にアイツとしていたのは、おそらくこの日の『約束』。

「おい! 彼女が居なくなった!!」
俺は学校の図書室に駆け込むとアイツにそう告げた。
「えっ…?」
「えっ、じゃない! 探せ! どこにいるんだ!!」
「そんな事、僕に聞かれても…」
「知らないハズないだろうが! 彼女と約束してたんだろうが!」
「やくそ… あっ、約束! そんなバカな! 彼女は入院してるんだぞ!」
頭に来た。心底頭に来た。約束は覚えているのにすっぽしたコイツに頭に来た。
「テメェッ!!!」
俺はアイツを殴っていた。
椅子を弾いて書架に倒れこんだアイツの胸倉を掴んで怒鳴っていた。
「あの子はな、毎日毎日、俺にお前の話をしてたんだぞ! 何の約束は知らないけどな、あの子はずっと楽しみにしていたんだ! なのにお前は裏切るのか!!」
「裏切る? 違うッ! 僕は… 僕は… そうだ! 君が行きなよっ! 彼女の事、好きなんだろ? そうだ、それがいい! 場所は…」
「ッ!!!」
拳を叩き落した。アイツの顔は無理やり地面に叩きつけられて、つられるように体も倒れていく。
「ふざけるなッ! テメェ…」
「どのツラさげて…」
ゆらりとアイツが立ち上がる。
「どのツラさげて、今さら会いに行けっていうんだよっ!」
一撃が俺の顔面に叩き込まれ、俺はされるままに地面に倒れた。
「それでも… それでも、彼女はお前を待ってるんだよ。俺じゃない、他の誰でもない、お前を…」
「…」
「行けよ、下に俺の原付がある。使えば少し早く着くだろ?」
「…ごめん…」
アイツは駆け出していた。
「謝るな、ボケ。俺が惨めに…」
最後の方は自分の嗚咽で消えてしまった。

それからの話をしよう。
二人は約束の場所で出会い気持ちを伝え合った。その後、彼女は発作で倒れてしまったが、気丈なもので未だに生きている。
流石の死神も愛の力には勝てなかったわけだ。
アイツは勉強を止めて、毎日彼女に会いに行くようになった。それに呼応するように彼女の病気も次第によくなっている。
先人は『病は気から』なんて事を言っていたが、いやはやまったく尊敬するぜ。
一方の俺は図書室での乱闘騒ぎの主犯とされて一週間の自宅謹慎と一ヶ月の奉仕活動が命じられた。
恋に破れ、更にオマケがついてくる。まったく…
彼女の最高の笑顔を見れると思えば、安い買い物だぜ。
2009-05-24

短編小説『茜色の空を見上げた』

昔、僕は不死鳥を見た。真赤な大きな鳥。
けれど、当時の僕にはあれが不死鳥とは判らずにただただ『美しい』と感じた。

そうして、月日は流れて、今では昔見上げた不死鳥の姿がもう思い出せなくなってしまっていた。
毎日毎日、学校に忙殺されて空を見上げる事を忘れて、ただひたすらに参考書に目を落とすだけになってしまった。
いい大学に入って、いい会社に入って… 同じ台詞を聞いたことはなかったが、親や先生から聞かされるのは同じ意味の言葉だけだった。
そうしてある日の午後、僕はふと思った。
ドラマとかでよくあるだろ? 医者や弁護士の子供が実家を継ぐ… この場合は病院や事務所を継ぐになるのだが、親が子供に勉強を強制するシーンでは、決まって「親の敷いたレールを走りたくない!」と言う。
僕たちは、それを他人事のように見ていたが、あながち自分たちも似たようなものではないか? と。
結局、僕たちは自分の道を自分で切り開いてはいないんじゃないか?
そりゃ、何かを知りたくて、学びたくて大学に進む奴もいるだろうし、守りたい何かのために就職する奴だっている。
けど、大半の人間は親や先生に言われて『大学』に入るんじゃないか?
結局、僕たちは親の、先生の引いたレールの上を自分が作ったみたいに勘違いして走ってはいないだろうか?

そんな事を一日中自問自答する日々。
集中力を欠いて、テストの結果は散々に…
けれど、思考は止まらない。いや、加速する…!
たった一枚の紙切れの隅に書かれた数字にいったいどれだけの価値があるんだろうか?
大局的に見て、仮に生命の危機に晒された時に、その数字は僕の命を救ってくれるだろうか?
確かに長い人生だ。その数字が高ければいいことだってあるだろう。
けど、僕は数字を見つめて、虚しくなってきた。

日本という閉鎖的な土地で狭い視野の中で生きていく事が次第に恐怖になっていく。
新しい文化を、少数意見を締め出そうとする民族の日本人。
みんながそうだから、自分とは違うから…
そんな調子で『グローバル』とか『世界的に』とかを騒ぐ人たち。
いつしか、僕はそんな彼らを醒めた目で見るようになっていた。

次第に僕は参考書に目を落とすことをやめてしまった。けれど、空を見上げることもなかった。僕が見つめるのは虚空。
いずれにせよ、あと五ヶ月で僕は高校生を辞めて社会人になる。あるいは半社会人にだ。
果たして、このまま社会に出ていいものだろうか?
漠然とした不安が僕を蝕んでいく。
しかし、ある瞬間に僕の中の不安が消え去っていた。
たった一枚の写真。若手写真家の展覧会の広告用のチラシに載っていた写真。
僕は吸い込まれるように写真展に行った。
数多の風景の写真。どれもこれも斬新なアングルだった。
別に写真に詳しいわけじゃない。けれど、僕らが普段目にする写真とは異なるものだった。
撮影場所はすべてが日本。
愕然とした。有り得ない。この写真が? それが?
直感的にこれが『世界』だと思った。
何かに取り付かれたように僕は写真を見ていた。
その中で一枚だけ人物写真があった。
モデルにもならないような男の振り向きざまの写真。
タイトルは『届かぬ想い』。
不思議なもので、この写真だけは圧倒される気持ちから優しい気持ちになれた。
これが彼女の見ている『世界』の模写なんだろう。

夕刻、僕は写真展から出てみる。
夕焼けの美しい茜色の空が目に染みる。
けれど、僕はそんな事さえも忘れていた。
不死鳥が空を羽ばたいていたのだ。
空を覆うほどの大きな翼を広げた不死鳥を…
それは雲だった。大空を横断するように羽を広げた鳥の姿をした雲。茜色が雲を鮮やかに彩り、まさに不死鳥だった。
「あぁ… 僕にも見えたよ。世界が… 僕だけの世界が…」
誰も見向きもしない茜色の空を見上げて僕は決意した。

親には怒られて、先生には説得された。
けれど、僕はこの日旅立つ。
必要最低限に纏められた荷物のリュックを背負い、必死でバイトして買ったカメラを肩に下げて。
「世界を見てくるよ。いってきます」
雲ひとつ無い蒼天の下、眩しい光に吸い込まれるように、僕の旅は始まった。
2009-05-24

短編小説『写真』

出会いといえば、あれがそうなんだろう。
たった一度だけ会っただけの彼女。

僕は一枚の写真の前で微笑んでいた。

あれは春の事だった。
当時の僕は免許を取りたてで、車を走らせることが楽しくして仕方がなかった。
無理して買った自分だけの車。僕の思い通りに走る相棒に乗って気の向くままに走らせていた。
免許を取ってすぐに世間は大型連休に入る。当然、僕もその世間の流れに乗っていた。
丸一日が使えるあの日、僕は少し足を伸ばして遠くへと一人でドライブを楽しんでいた。
助手席には先日なくなった祖父のカメラを載せて…

そして僕は彼女に出会った。
人通りの少ない山の道。彼女は華奢な体つきに似合わない大きなバイクを押して歩いていた。
随分と遠くから彼女を見ていた。
内心、困った。おそらくはマシントラブルでバイクが動かなくなってしまったのだろう。ふとケータイに目をやれば、アンテナが立っていなかった。つまりは、誰かに連絡をするのも難しい。というか、事実上は独力では不可能。
まぁ、ドライバー云々以前に人として彼女を助けるべきなんだろうけど、正直な所、僕は女の子が苦手だった。
もう、何を考えているのか判んない、宇宙人的な存在なんだ。だから、声をかけるのを躊躇った。
けれど、ここで無視して何かあったら、それはそれで目覚めが悪い。だから…
「…どうしたんですか?」
と声をかけていた。

なんとも捻りのない話だ。
ガス欠。それでバイクが動かなくなってしまったのだ。
だからバイクを押して峠を越えようとしていた。
「すまない。助かるよ」
「いえ… 別に…」
僕は彼女を助手席に座らせて走っていた。
カーナビが示すガソリンスタンドは峠を二つも超えた場所にあった。無論、彼女はそんな事を知らずにただひたすらにバイクを押していたという。
「ところで…」
特に話すことがない… というか、何を話していいのか判らなかった僕は無言で車を走らせていたのだが、唐突に彼女が沈黙を破った。
「これは、カメラかな?」
「あ、はい。祖父のモノを頂きました」
「そう。ねぇ、少し見せてもらってもいいかな?」
「あ、はい。どうぞ」
彼女がカバンの中にあったカメラを取り出すと、いろいろといじりまわしていた。
いろんな角度から見てみたり、レンズを見てみたり…
「うん、いいカメラだね」
そう言った。その瞬間、僕は彼女のすごく嬉しそうな顔に見とれてしまった。
「ほら、前を向かないと危ないぞ?」
「えっ、あっ、わわわ…」
危うくガードレールに突っ込むところだった。下手すれば無理心中する勢い。
「ふふっ、キミは面白いなぁ。『わわわ』だって! あはは」
無邪気そうに彼女が隣で笑っている。

長いようで短い峠二つ分の時間。
あの無邪気な笑いから、僕の中のある種の警戒心が解けてお互いの事を話した。
彼女はひとつ上で、今はフリーター。ただし、彼女から言わせれば『フリーター』ではないという。
バイクに乗って日本全国を旅しては、写真を撮っているそうだ。つまりは、彼女は『写真家』あるいは『カメラマン』だという。ただ、プロではなくアマだけど。
しかし、ちょっと横転した際にカメラをお釈迦にしてしまい、短期で稼げるバイトを探していたのだが、今度はバイクのガス欠。
「いや、ホントについてないよ! あっはっは」
と笑い飛ばしていた。

ようやく着いたガソリンスタンドでガソリンを購入して、置き去りにしてきたバイクの所まで戻っていた。
ガソリンを補給すると、もう夕刻。僕はもう帰らなければならない。
「それじゃあ、ありがとね!」
「あぁ… それじゃあ」
「うん」
彼女はヘルメットを被りバイクのエンジンをまわし走り出した。
少し走ってから一度バイクを止めると振り返り、大きく手を振ってきた。
僕がそれに応えると、満足したように今度こそ走り出した。

もう日が暮れた夜の国道。多くの車が走っている道でふいに助手席に目をやると、そこには何もなかった。

僕は祖父のカメラを彼女に渡したのだ。
僕よりも彼女の方がよっぽど上手く使ってくれる。そう思って彼女に渡した。
彼女も最初は遠慮していたが、よっぽど欲しかったのだろう。程なくしてカメラを受け取った。

僕は一枚の写真の前で微笑んでいた。
殺風景な山の中で振り返った僕の写真を見て…
誰も興味を持たないモデルにならない男が振り返った写真のタイトルは…
2009-05-24

短編小説『秋風に吹かれて過ぎ行く夏』

秋に君に出会った。
冬に君と近づき、春に結ばれた。
夏に唇を重ねて、季節はめぐり秋になった。
夏の暑さを忘れるように秋風がそっと吹いた。

君はアイドルで、僕はファン。
その関係を超えて恋人になった。
初めてのサイン会で君に出会った。
それから幾度となくあったイベントに参加しては君と話をした。
いつしか僕らは恋人になった。
これは光栄な事だ。
だってそうだろう?
ただのファンでしかなかった僕が憧れのアイドルと恋人に… それもただイベントで数回会っただけだ。
普通ではありえない。

僕はオタクだ。
だから恋愛ゲームだって沢山してきた。
どの娘もすごく可愛くて魅力的な少女達。
けれど、彼女達は主人公(僕たちを)カッコいいと言った時に目が覚めた。
ゲーム内で僕とヒロインが結ばれて絵になるのは当然だ。
主人公はすごくカッコいいのだ。
けれど、現実は違う。
僕は僕でしかない。
すると、ふと僕と彼女の関係を思い出す。
あまりにも不釣合いなんだ。
ずっと無視していた周りからの奇異の目。
幸せだった事に包まれて、気づけずにいた。
いや、気づかないふりをしていただけかもしれない。
ある人は「本人さえよければいい」とそう言った。
正論だ。けど、僕は僕を見直した。
不恰好な自分とキラキラと輝く彼女。
そして、気づいてしまったんだ。

この気持ちは『恋』ではなく、『憧れ』にしかすぎないという事。

だから、ずっと躊躇っていたんだ。
肌を重ねる事を… いや、それ以前に唇を重ねる事を…
それは僕の根っこにある『誠実』がブレーキをかけていたんだ。

陽だまりのような春の風の香りがした。
「ごめんね、待った?」
彼女がそこに来ていた。
「いや、そんなに」
「そう、よかった」
ホッと彼女が胸をなでおろす。
僕は今から彼女を悲しませる。いや、『悲しませる』だなんて傲慢なのかもしれない。
それでも僕は彼女に告げなければならない。
「それで、話って?」
これは僕の根底にある『誠実』な気持ち。
だから…
「別れよう…」
そう告げた。
「えっ?」
キョトンとする彼女。
「えっと… 何かの冗談よね?」
すがるような瞳。
僕はそんな彼女に静かに首を振った。
「う、うそ… どうして? なんで!?」
彼女は僕の肩をつかんですがる。
「会えないから? 私、最近、忙しいから? ねぇ? そうなんでしょ? それだったら、大丈夫! 私、頑張って時間を作るから!」
必死な姿。そうして、感じる彼女の『愛』。
「違う、違うんだ!」
僕は彼女をそっと引き離した。
「僕は君が好きだ。大好きだ。でも、でもな…」
一呼吸。そして意を決して言った。
「これはきっと恋じゃない。僕の気持ちは憧れなんだ…」
言った。僕は言ってしまった。
「…ずっと好きじゃなかったの?」
「あぁ…」
僕は堪らず彼女から目を背けてしまった。
「…うふふ、貴方らしいや」
彼女は悲しく笑った。
「貴方の大好きなゲームと一緒じゃない…」
言われて気づく。そう、彼女と出会うキッカケになったゲームもワンシーンのようだった。
「…ごめん」
「ううん… 安心した」
うつむき加減の彼女は顔を上げた。
「私、主人公みたい。あのゲームの彼みたい」
彼女は笑っていた。
どうして? どうして、そうやって笑っていられるんだ! 僕は君を傷つけたのに!
「ねぇ… あのゲームの結末を覚えてる?」
不意に彼女がそう言った。
「あぁ…」
あのゲームの結末は、ヒロインが別れを告げたが最後には主人公を振り向かせたんだ。
「ねぇ、今から始めよう?」
静かに彼女はそう言った。言って彼女は僕の胸に顔を埋めた。
「二人だけのゲームを…」

過ぎた偽りの夏は秋風に吹かれて、僕は初めて恋を手に入れたのかもしれない…
2009-05-24

短編小説『ヒーロー』

 ~槍帝~
 ヒーローに憧れていた。
 誰かのピンチに現れて、人々を助ける。無償の心。無欲の心。
 キラキラと輝くあの後姿。
 僕は正義の味方にはなれない。
 誰かを助ける力なんかない、非力な人間。
 いや、誰しも非力なのだ。だから助け合う。けれど、僕には誰かの助けになるほど力はないんだ。
 僕の親友はまさにヒーローだった。僕が憧れたヒーローに最も近い存在。僕はいつしか彼にも憧れていた。

 なのに… 親友が、仲間が、愛する人が… みんなが命を賭けて戦っている。
 なのに… なのに僕には戦う力すらない。
 友のように伝説の英雄の力を持っているわけでもない。
 仲間のように英雄を支える力を持っているわけでもない。
 愛しい人のように誰かを癒す力を持っているわけでもない。
 僕は崩れた協会の残骸に縮こまって身を震わせる事しか出来ない。

 うずくまる僕の上に影が差し込んだ。
 俯いていた顔を上げずとも判ってしまう。そこにあるのは『僕の死』。
 ゆっくりと、ゆっくりと息を吐きながら上を見る。
 黒衣を纏った痩せ細った男が僕を見下ろしていた。初めて直視する、圧倒的な『死』。
 「ひっ…」
 にたり、と背筋が凍りつくような笑いを見せた男は、持っていた剣を僕に振り下ろした。
 グッと、目を閉じて、その瞬間を待った。しかし、一向に痛みは襲ってこなかった。
 硬く閉じられた瞼をゆっくりと開くと、そこには最愛の女性が僕の身代わりになってくれていた。
 「…大、丈夫?」
 だくだくと背中から血を流しながら、彼女は僕に優しく微笑みかける。
 「てんめぇ!!!」
 友が男を斬る。が、男は軽々しく彼女の血がついた剣で受け止めると、その勢いのままバックステップした。
 「ちょっと、しっかりしなさいよ!!」
 仲間が最愛の人に呼びかける。
 
 僕は護られてばかりだ…
 
 それでも、みんなは僕を責めない。
 足手まといでしかない僕を友と仲間として迎えてくれているのに…
 仲間は僕に彼女を預けると、友と共に男に向かって剣を構えた。
 「………」
 男は酷く冷めた目つきで二人を見る。
 そんな男の表情を見て、僕の中にある何かが呼びかけていた。

 ―今のままでは、誰もあの者には勝てない―
 
 そんな言葉を払拭するように、僕は戦う二人の後ろで彼女に呼びかける。
 しかし、僕の腕の中にいる最愛の人は呼吸を荒くしている。
 イヤでも判る。どんどんと衰弱している。
 
 ―貴殿はそのままでいいのか?―

 すぐ傍に銀色に輝く槍を見つけた。
 昔、憧れた英雄の武器。
 内から聞こえる声は、まるで銀槍が語りかけてくるようだ。
 
 ―そのまま、仲間を見殺しにするのか?―

 いやだ。

 ―あのまま、友を見捨てるのか?―

 いやだ!

 ―このまま、最愛の人を亡くすのか?―

 絶対にイヤだ!

 ―ならば、その命を賭して戦え! 戦わなければ生き残れない!―

 僕は彼女を静かに寝かせると、槍を拾って立ち上がった。
 おそらく、この槍を使えば僕は死ぬ。これは勘ではなく、内にある知識がそう語ってくる。
 それでも戦わないといけないんだ!
 流れてくる『チカラ』。
 憧れた正義の味方と同じチカラが僕の中に流れてくる。

 昔、ヒーローに憧れていた。
 ―今でも憧れているのか?―
 誰かのピンチに現れて、人々を助ける。無償の心。無欲の心。
 ―無償でもなく、無欲でもない。誰かの笑顔のために。誰かの安心のために―
 キラキラと輝くあの後姿。
 ―きっと、それは誰かを助けるチカラの流れ―
 僕はヒーローになれない。
 ―否―
 誰かを助ける力なんかない、非力な人間。
 ―断じて否―
 いや、誰しも非力なのだ。だから助け合う。けれど、僕には誰かの助けになるほど力はないんだ。
 ―否、断じて否。これは、まさしく貴殿のチカラ―
 僕の親友はまさにヒーローだった。僕が憧れたヒーローに最も近い存在。僕はいつしか彼にも憧れていた。
 ―背中を追わずに、肩を並べよ―

 ―同等―僕は友と仲間と愛しい人と同じ舞台に立った。
 ―神速―駆けた。
 ―槍撃―全力で駆けた。
 ―相殺―交わるのは刃と刃。
 ―威風堂々―僕は降りかかる暴力(『僕の死』)を振り払い、そこに立ったのだ。

 「お、おい…」
 友が僕に声をかけてくる。
 「大丈夫。今度は僕が護るから」
 振り返って僕は友に笑いかける。
 「おまえ… そのチカラ…」
 仲間が僕に聞いてくる。
 「あぁ… これが僕のチカラ。槍帝シルヴァリオン」
 仲間に応える。

 ―友を死なせたくない、仲間を死なせたくない、最愛の女性を死なせたくない。だから逃げろ。彼女を連れて逃げろ―

 「ここは僕が食い止める」
 
 友を仲間を最愛の人を背に、僕は槍を構えた。
 「遅かったじゃねぇか…」
 友がそう呟くと、二人は彼女を連れて駆け出していた。
 「たはは… ごめん…」
 僕は呟くと、駆け出していた。

 ~転章・剣聖~
 昔、俺を救ってくれたヒーローがいた。
 森の中、獰猛な狼に襲われそうになった時、棒切れ一本で立ち向かってボロボロにされた俺のヒーロー。
 傷だらけになっても戦い続けたアイツは、惨めだった。だけど、諦めなかった。
 大人がやってきて狼を追っ払ってくれた。
 緊張の糸が切れたようにアイツは倒れてしまった。酷い怪我を負ったアイツ。気づけば、俺は無傷だったんだ。

 俺は、アイツのようになりたくて…
 けど、結局敵わなかった。
 「大丈夫。今度は僕が護るから」
 槍を構えた姿は、俺が憧れたヒーローだった。昔、俺を救ってくれた棒切れ一本で戦ったヒーロー。
 ―ヒーローっていうのはね、一番のピンチの時に来てくれるんだよ―
 昔、そんな事を言っていた。
 あぁ… そうか… 俺の一番のピンチの時に現れてくれる。
 まさしく、お前はヒーローだ。自分では判らないだろうけど…
 俺は槍を構えて立っている、あの時と同じ背中に… キラキラと光るあの後姿に、こう呟いていた。
 「遅かったじゃねぇか…」
 「たはは… ごめん…」
 きっと困ったような笑顔をしていっているのだろう。
 俺はアイツの愛する彼女を抱き上げると駆け出していた。
 遠くへ。出来るだけ遠くへ。
 彼女を治療できるところまで!

 再び訪れた時にアイツは男に槍を突き立てたまま、口元は少し笑いながら静かに目を閉じていた。
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